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渡辺歩の「ドラえもん」5部作、「間」をとることの名人芸

さる9月に大山のぶ代さんが亡くなり、改めて旧作の「ドラえもん」見たいな、と思ってる方も中にはいるだろう。
そんな方に、私がダントツでお薦めしたいのが「渡辺歩監督中編5部作」である。

・・え~っと、渡辺歩って誰のことだっけ?と言われたら困ってしまうが、こういう人です↓↓

渡辺歩

元シンエイ動画アニメーター 1966年生まれ(58歳)

<代表作>
映画「海獣の子供」
映画「漁港の肉子ちゃん」
映画「ドラえもん のび太の恐竜2006」
TVアニメ「サマータイムレンダ」
TVアニメ「宇宙兄弟」
TVアニメ「恋は雨上がりのように」etc
<賞歴>
文化庁メディア芸術祭アニメ部門大賞受賞
毎日映画コンクール アニメーション映画賞受賞(2回)
Invitation AWARDSアニメーション賞受賞etc

渡辺さんは新海誠や細田守や山田尚子ほどの知名度はないけど、地味に日本アニメ界で最も演出力の高い監督のひとりだと私は認識してるよ。

で、この人はもともとシンエイ動画の人だったから、映画「ドラえもん」の演出で名を馳せたわけで、それが前述の「中編5部作」シリーズである。
「中編」といっても、ピンとこないかな。
皆さんが認識する「映画ドラえもん」は、大体が藤子F不二雄先生が描いた「大長編ドラえもん」シリーズがベースになっていて、テレビでやっている通常版とはまた別枠なのよ。
ただ、例外的にその通常版を少しだけ肉付けして劇場版に仕立てた30分程度の「中編」というのがあり、それを「大長編」の併映作品として上映してた時代もあったのさ。
時期としては、1998年~2002年のこと。
どっちかというと、その役割は「大長編」の前座であり、あくまでその目的は本番前に客席を温めておくことだったと思う。
ところが、この「中編」の出来があまりにも良すぎて、時には「大長編」を食っちゃうケースもあったんだ。
特に、それが顕著だったのはこれだね↓↓

「映画ドラえもん おばあちゃんの思い出」

監督:渡辺歩(2000年)

本作品は本命の「大長編」を出し抜き、その年の「毎日映画コンクール」で最優秀を獲っちゃったんです。
結局これが、渡辺歩の名を世に知らしめることになったと思う。

というか、この「おばあちゃんの思い出」は原作漫画「ドラえもん」としても神回とされていて、今まで何度も映像化されてきている。
直近では、映画「STAND BY MEドラえもん2」(山崎貴監督)の中でもこのくだりが挿入されてたっけ・・。
どうやら今まで7回ほど映像化されてるみたいで、多分、誰しもそのうちのどれかは見てると思う。

だけど、その中でも2000年版(渡辺歩版)は完全にレベルが傑出している。

そのレベルの違いというのを把握するのに、一番手っ取り早いのは「見比べてみること」だよ。
この作品は、ネットで「obaachan no omoide」と検索すればいくつかヒットすると思うので、その中から渡辺歩版と一般的なTVアニメ版を見比べてみてほしい。
やっぱね、全然違うのよ。
何が一番違うのかというと、何より「構図の作り方」だね。
絵コンテを作り方、といった方が伝わるかな。
普通「ドラえもん」って、こういう構図を基本にするでしょ↓↓

全身を大きく映して配置を分かりやすくするパターンと、顔をアップにして感情を分かりやすくするパターン。
「ドラえもん」は基本、その2種類の画のみで構成されている。
だけどね、渡辺歩版は少しだけテイストが違うのよ。
彼がやたらよく使うのは、「引きの画」である。

画面全体のバランスの中で、人物のサイズがやたら小さいと思わんか?
通常の「ドラえもん」なら、もっとカメラを人物に寄せるよね?
でも、渡辺さんは敢えてそうしない。
天井、床、右の壁、左の壁、全部がおさまるように敢えて絵コンテを作っている。
小津安二郎的な狙い?
まぁ、そうなのかもしれない。
でもさ、この「引き」が妙に活きてるんだよね。

渡辺監督のこういう構図のとり方って、TVアニメの「ドラえもん」ではまず見られないものである。
あと、顔を映さずに手や足元だけを映したり、こういうのって山田尚子さんあたりが得意とする手法だけど、やはり渡辺さんもそれをやってるし、あと物語には無関係の風景を時折挿入するというのも、TVアニメ版では少ない「余白」。
で、こういう細々とした積み重ねがジャブとなり、最後の最後、我々は堪えきれずに涙腺を決壊させちゃうんだわ。
うまいなぁ~、と思うよ。
なんていうか、決して派手な演出ではなくて、やってることはただ「演出としての基礎」である。
ひたすら、それを実直にやっているだけ。

「映画ドラえもん 帰ってきたドラえもん」

監督:渡辺歩(1998年)

「映画ドラえもん のび太の結婚前夜」

監督:渡辺歩(1999年)

「映画ドラえもん がんばれ!ジャイアン‼」

監督:渡辺歩(2001年)

「映画ドラえもん ぼくの生まれた日」

監督:渡辺歩(2002年)

上記、合計5作品が「ドラえもん中編5部作」と称されるもので、その全てを渡辺さんが監督している。
ここでのクオリティが認められて、やがて彼は「大長編」の方の監督に抜擢されたわけだね。

この5部作はいずれも名作で、実際山崎貴監督の「STAND BY ME」シリーズでは、この5本のうち4本のエピソードがピックアップされている。
ん?
5本のうち4本?
ということは、1本だけピックアップされなかったわけだね。
それは何かというと、「がんばれ!ジャイアン‼」である。
私、これ大好きなんだけどな~。

「がんばれ!ジャイアン‼」

この作品ではのび太&ドラえもんがどっちかというと脇役で、ジャイアン&ジャイ子が主人公になってるという変則的なパターン。
本編ではあまりお目にかかれない、ジャイアンの妹愛、ジャイ子の純情などが描かれていて、結構いいですよ。
感涙度は5部作の中でいうとやや低めだが、笑える度ならむしろ1位かもしれない。
未見の方は、是非一度ご覧ください。

あと、私は「結婚前夜」も好きだ。

「のび太の結婚前夜」

これも、何なら「STAND BY MEドラえもん2」と見比べてみて下さい。
泣けるのは、絶対「結婚前夜」の方だから。
なんていうかな~、渡辺さんのいいところは変に詰め込みすぎず、「間」を十分にとるところなんだよ。
「間」、ようするに時間進行のスピード。

・・そうだ。
「間」といえば、とてもいい比較対象があるわ。
それが、コレ↓↓

「僕とロボコ」(2022年)

監督:大地丙太郎

「僕とロボコ」、1話3分ほどのショートアニメなんだけど、見たことある?

見ての通り、キャラはのび太、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんを模したものとなっている。
そしてドラえもんに該当するのはおそらくロボコなんだろうが、彼女は戦闘メイドなので、このキャラ設定は「ドラえもん」+「まほろまてぃっく」といったところかな。

不朽の名作「まほろまてぃっく」(2001年)

で、この作品最大の特徴は「スピード感」なんだ。
とにかく一切の「間」をとらず、畳みかけるようにトン!トン!トン!と話をスピーディーに進めていく。
その速さがどのぐらいのものか、とりあえず見て下さい↓↓

速い!実に速い!

大体「ドラえもん」の1エピソードが10分程度なので、それを3分に凝縮したと考えると、「ロボコ」のスピードは約3倍。

当初、私は
尺が3分だし、無理やり詰め込むにはこうするしかないのかな
と思ってたんだが、そのうち、
いや、違う、このスピード感がむしろこの作品には合ってるんだ
と思うようになったわけよ。

そもそも「ドラえもん」と「ロボコ」は、その音楽性、リズムみたいなものが違うんだ。
「ドラえもん」のリズムがややアコースティック系なのに対して、対する「ロボコ」の方は明らかにいまどきのボカロなどに近い。
もともと、作品に込められたビートが違うということだろう。
「ロボコ」の場合は、逆に「間」をとらずにいることがひとつの味になっている。

じゃ、尺をたっぷりとれる劇場版であっても、あのビートでいくのか?

・・それは分からん。
でも、今さらビートを変えると作風が変わってしまうし、映画でもあのままいくんじゃないだろうか?

そもそも、漫画というものは読者に読むスピードの指定などしてないのよ。
読者によって1頁10秒で済ます人もいれば、1頁1分間かける人もいるだろう。
そこに本来正解はないんだが、でもアニメというのは辛いメディアで、そのスピードにひとつの「正解」を示さなくてはならん。
インスタントラーメンでいうところの「3分間」みたいな正解を出さなきゃならんのよ。
いや、あれも人によっては1分半でいいという人もいれば、4分だという人もいるに違いない。
ちなみに私は「2分間」派である。

おそらく優れた監督というのは、素材を見て「うむ、これは2分間だ」という見極めができる人なんだと思う。
仮に、渡辺さんが「ロボコ」の監督をしたとして、意外とそこでは「間」をとらない可能性だって十分にあるんじゃないの?
画でも「引き」を減らし、そこにみっちり情報を詰め込む可能性はあるよ。
・・いや、分からないけどね。

「君は冥土様」(2024年)

奇しくも、渡辺監督は「ロボコ」とほぼ同設定ともいえる「君は冥土様」というアニメを今季に手掛けている。
私はまだこれを見てないけど(そのうち見ようと思うが)、果たしてどんな演出をしてるんだろうか?

「間」をとらずに速いか、それともゆっくりか、そして画に「引き」はあるんだろうか?


そのへん、ちょっと楽しみである。


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