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「ぼのぼの」は哲学アニメだということ知ってますか?

今回は、「ぼのぼの」の話をしようと思う。
思えば、これは不思議なアニメである。
現在もなおTVアニメとして放映中なんだが、これがフジテレビONLYの関東ローカルで(例外として愛知と青森は放送してるらしい)、全国ネットではない。
しかも土曜朝5時台という、どの年齢層がターゲットなのかもよく分からん時間帯。
そのくせ、いまや放送が430回を超えるという長寿シリーズになってるわけで、そう考えると視聴率は悪くない?
・・いや、そもそも土曜朝5時台に求められる視聴率ってどのぐらいが及第点なんだろう?
日曜朝9時台の「ワンピース」ですら、視聴率は2~3%だぞ?
だとすりゃ「ぼのぼの」なんて、1%未満じゃないだろうか。

TVアニメ「ぼのぼの」(2016年~)

実をいうと、今やってる「ぼのぼの」フジテレビ版はTVアニメ2回目の企画である。
初代はテレビ東京が1995年に手掛けており、これは木曜19時台という枠で、しかも全国ネット(放送時間帯は地域によってまちまち)。
視聴率も、そこそこよかったらしい。
一般的に普及した「ぼのぼの」イメージは、多分こっちの方だろう。

じゃ、フジテレビ版(制作/グループタック)とテレ東版(制作/エイケン)のどっちがイイのかということだが、そんなのは好みの問題である。
画調が原作に近いのはテレ東版だが、エピソードが原作に近いのはフジ版の方だし。
あとは長さの問題かな。
テレ東版は全48話(1話10分)なのに対し、フジ版は430話を超えてまだまだ継続中(1話8分)。

ただね、原作単行本を買ってた私からすると、一番おススメしたいのはそのどちらでもなく、劇場版「ぼのぼの」なんだ。

劇場版「ぼのぼの」(1993年)

この映画はテレ東版より前の1993年に制作されており、正真正銘のアニメ化初代作品である。
しかも、

原作者のいがらしみきお先生が自ら       <監督/脚本/絵コンテ>を務めてるんだから、  これぞ正統「ぼのぼの」である。


ただし、TVアニメ版に馴染んだ人(たとえば小さなお子さんとか)がこれを見ると、「つまんない」というリアクションをされるかもしれない。
実際、「笑えるコメディ」としてはTV版の方が優秀である。
というのも、これには実をいうと理由があり、当初テレ東版を制作しようとしたスタッフは「原作準拠」でアニメを作ろうと企画してたらしいんだ。
・・ところが、原作者のいがらし先生は「それはやめてくれ」と。
むしろTVアニメはオリジナル路線で自由にやってほしいし、何なら「トムとジェリー」っぽい感じでやってみてはどうですか、みたいなことを言われたらしいのよ。

「トムとジェリー」

で、TVアニメスタッフはその提案に従い、割とギャグアニメ色を強める形で制作に入ったわけさ。
結果、それは成功したといえよう。
とはいえ、「ぼのぼの」という漫画にはそもそも2つの捉え方があって

①「ぼのぼの」はギャグ漫画である
②「ぼのぼの」は哲学系漫画である


この2つの解釈、どっちも間違ってないのよ。
どっちも正しい。
ただ、TVアニメは①の軸を中心に構築したのに対して、劇場版の方は②の軸を中心に構築したといえるね。
より「オトナ向け」なのは、劇場版の方なのは間違いないわ。

いがらしみきお先生

まず、この作品を解釈するには原作者・いがらし先生のことを知っておいた方がいいと思う。
この人は若い頃から「天才」と言われてた人で、24歳でデビューしてすぐに描いた漫画がヒットしたのさ。

こういう4コマならぬ8コマというスタイルを作るなど、漫画界の革新者的な立ち位置だったと思う。
しかも、その笑いは「不条理」系というやつで、人によってはめっちゃ好きだし、でも一方で「どこが面白いのか分からない」という人たちが必ずいるというのが特徴だったともいえる。
で、何の下積みもなくデビューして4年目にして「日本漫画家協会優秀賞」を受賞(←超エリートコースだよ)。

で、その翌年から2年間の休業(笑)。

多分だけど、疲れちゃったんだろうね。
彼、どうやら「漫画家になりたい!」という強いモチベでデビューしたわけでもなかったみたいで、気が付いたら周りから「天才」とか言われるようになっちゃって、1回休んで冷静に自分のやりたいことを見つめ直してみようということだったんじゃないかな?
・・で、2年間の休業を経て、結局はまた漫画家として復帰。
その復帰作として描いたのが「ぼのぼの」である。

だからさ、「ぼのぼの」って妙に「セミリタイア」感があると思わない?
決して「よっしゃ~!頑張るで~!」という感じではなく、いわゆる脱力系というか、ぼちぼちやっていきましょうか・・っぽい感じ。

原作「ぼのぼの」

・・うむ、これを面白いと捉えるか、つまらないと捉えるか、それは皆さんの自由である。
ただ、ひとつ押さえておいてもらいたいポイントは、これが80年代の作品だということさ。
そもそもが80年代といえば、「Dr.スランプ」や「ストップひばりくん」や「ハイスクール奇面組」といったお笑いが人気で、みんなテンション高い系なんですよ。

「ドクタースランプ」
「ストップひばりくん」
「ハイスクール奇面組」

これら時代の主流となったお笑いと「ぼのぼの」との違いは何かというと、それは情報量の大小である。
とにかく、「ぼのぼの」は情報量が圧倒的に少ない。
いわゆる「行間を読ませる」系であり、「間をとる」系であるといえよう。

奇しくも、これはテレビのお笑いともリンクする話さ。
本来80年代は漫才ブームの時代で、ツービートB&B紳助竜介などが人気だったわけです。

ツービート

これら人気漫才師というのはいずれもが早口であり、高速でボケを連発するスタイルだったのよ。
持ち時間数分間にどれだけの情報量を詰め込めるか、という勝負だった。
ところが、80年代後半から、大阪にて全くそれとは別のムーブメントが発生する。
そう、ダウンタウンだね。

ダウンタウン

ダウンタウンは、明らかに「間をとる」系だった。
喋りは漫才ブームの諸先輩方と比較すると割とゆっくりで、決して情報量を詰め込むタイプではなかった。
ゆっくり間をとり、シュールに落とす。
そのスタイル、ある意味で「いがらしみきお系」だったともいえるわけさ。

まぁ、両者ともお互い何の影響も受けてはいないだろうが、ただ時代の空気としてシンクロしたんだと思う。
高度成長期以降、ずっと右肩上がりでハイテンションにやってきた日本人もバブルMAX期にふと我に返り、ここでようやく足し算でなく引き算の魅力に気付き始めたといえるんじゃないかな?

そして、その時代の空気にうまいことハマったのが「ぼのぼの」なんです。

皆さんに、特にオトナたちに見てもらいたいのは、劇場版「ぼのぼの」の中のクマの大将とスナドリネコの対話シーンである。
この2人が決闘を終えた後の会話、示唆に富んでてマジでイイんですよ。

<クマの大将とスナドリネコの会話>


スナドリネコ「我慢ばかりしながら生きているとな、我慢することで物事を解決したくなるもんだよ」

クマの大将「いいや、我慢じゃねえな。
お前は命を懸けることで、何かを解決できると思ってる野郎だぜ。
俺はな、そういう野郎は絶対許しちゃおかんのよ」

スナドリネコ「なぜ、命を懸けたりしてはいけないんだ?」

クマの大将「生き物はな、生きていることが全てよ。
生きていることが全てだからこそ、大きいも小さいも関係ねえんだよ。
それを誰かが、何かの目的の為に命を懸け始めたらどうなる?
俺たちはそのうち、何か目的がないと生きられない、馬鹿な生き物になっちまうだろうよ」

スナドリネコ「・・そうだ。きっとそうだろう」

クマの大将「ならばお前はなぜ、命なんか懸ける?」

スナドリネコ「俺は、命を懸けたりはしていないよ。
お前さんより、我慢するのが得意なだけなんだろう」

クマの大将「嘘をつけ!
お前は何かの目的がないと生きていけない、馬鹿野郎だよ。
目的の為に生きる奴はな、嫌でも我慢強くなるもんさ。
・・そういう奴がこの森に一匹でも現れたら、他の生き物はどうあがいてもそいつには勝てねえよ。
なぜなら、そいつは死ぬまで『まいった』とは言わねえんだからな。
その先はどうなる?
この森にいる奴らはみんな、自分と自分の家族を守る為にお前と同じように命を懸け始めるんだ。
それがどんな世界の始まりか、お前には分かるか?」

この会話は作中で唯一といっていい、めっちゃ情報量の多いシーンである。
ある意味この会話にこそ、いがらし先生の哲学が込められてるといっていいかと。
いがらし先生が人気絶頂の時に、全て放り出して2年の休業に入ったという事実を踏まえて、もう一度クマの大将の言葉の意味をじっくりと噛みしめてみてよ。
結構、クルでしょ?

なんかね、想像以上に「ぼのぼの」の哲学って深いんですよ。


繰り返し見ることで色々と改めて発見もあるので、是非繰り返し見てもらいたい。
もちろん、動物たちがかわいいのでお子様にも十分に見て頂けます。
親子で見るのに、これほど最適なアニメも他にないと思う。
未見の方は、是非ご覧になってみて下さい。
特に劇場版、かなりお薦めですよ。


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