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手塚治虫は、自作のアニメ化に満足してたんだろうか?

今回は、日本が誇る漫画の神様、そして日本アニメーションの父、手塚治虫先生について書いてみたいと思う。

皆さんは、日本初のテレビアニメ「鉄腕アトム」って見たことある?
後にリメイクされたものじゃなく、手塚先生本人が作ったという一番最初の虫プロのやつさ。

「鉄腕アトム」(1963年)

これ、「日本アニメーションの父」とまで呼ばれた先生自ら作ったアニメだし、本来なら「素晴らしいアニメ」と言っておいた方が皆納得するんだろうね。
それは私も分かっている。
でも、それを分かった上で、敢えて言わせてもらうと、

「鉄腕アトム」は、アニメの質という点で見ると、決して誉められたレベルではない。

それは、今のアニメのレベルと比べて言ってるわけじゃないんだ。
同時代の、1960年代の東映動画のアニメと比べても遥かにレベルが劣ってるという意味だよ。
でも、ちゃんとディズニー映画を見て研究していた、手塚先生がそのことに全く自覚がなかったとはさすがに思えない。
分かっていて、そえでも敢えてこれを「よし」としていたんだと思う。
・・それは、なぜか?
そこは私が思うに、手塚先生の中ではプライオリティとして【画<物語】という価値観だったんじゃないか、と。

それを裏付けるものとして、皆さんはこういうフレーズを今まで聞いたことがないですか?

手塚治虫提唱、漫画<記号>論

漫画に詳しい人なら、一度は耳にしたことがあるだろう。
漫画というのは<絵画>のような写実的なものとは違い、そこで表現されるものはあくまで<記号>である、と。
・・まぁ、何となく言わんとしてることは分かるでしょ?

見ての通り、手塚先生の作画は描き込む線の量がさほど多くなく、どれもが最低限の線でシンプルにデザインされている。
これが、いうなれば<記号>化された漫画。
日本の国民的アニメ「サザエさん」「ドラえもん」「ちびまる子ちゃん」、そのいずれもがこの<記号>論に立脚している作品だといえよう。

ただし、この論というのは必ずしも絶対的というわけじゃないんだよね。
実際、漫画は<記号>じゃない、<絵>だ、と思わせてくれる作品が80年代以降続々と出てきた流れがあったわけで、その象徴ともいえたのが大友克洋
先生の作品だと思う。

作画/大友克洋

これは、まさに手塚先生と真逆のベクトル。
極論すれば、それまでの漫画ではあり得なかった鼻の穴まで表現しちゃう系だし。
だけど、手塚先生的にこんなのを認めちゃったら、自らの<記号>論を根底から揺るがされちゃうし、だから正直認めたくなかったんだと思う。
で、手塚先生はどこかのパーティの会食の場で大友先生をつかまえて、直接こう言ったんだそうだ。

「僕だって、君みたいな画を描こうと思えば、描けるんだからね?」

・・そんな画見たことないけど、ホンマに描けるんかいな(笑)。

ただ、この大友先生の影響かどうかは知らんが、アニメ界でも<リアル系>と称されるアニメーターが90年代以降、続々と湧いてきたわけさ。

リアル系アニメーターの代表格、沖浦啓之

一方漫画の世界では、器用にも<絵>と<記号>を使い分けてる作家さんが目立つようになってきたよね。

井上雄彦先生は二刀流
富樫義弘先生も、使い分けるタイプかと

やっぱ、<絵>のチカラって実際あると思うんだわ。
事実、私は「HUNTER×HUNTER」の上の画でめっちゃ泣かされたもん。
これが<記号>だと、案外泣けないものなのよ・・。
ぶっちゃけいうと、最近の漫画家さんは画力だけなら「漫画の神様」を軽く凌駕してるよな?
いや、手塚先生はそこのフィールドで勝負してなかった気もするけど。

まぁとにかく、手塚先生としては漫画が<記号>であるという持論があり、それの動画バージョンであるアニメもまた<記号>の延長線上、という解釈になる。
じゃ、必ずしもディズニーみたいに<絵>で魅せる必要はない、という結論を導き出したんだろう。

ディズニー「シンデレラ」

ここでの前提は、

漫画やアニメで大事なものは<絵>じゃない、<物語>の方なんだ


という手塚先生なりの哲学があるんだと思う。

アトムとウラン(オリジナル)
「PLUTO」におけるアトム
「PLUTO」におけるウラン

でも、手塚先生が亡くなって30年以上が経過し、2023年には「アトム」が「PLUTO」という形でアニメ化されたよね。
これは手塚<記号>アニメに、<絵>の要素を導入するという画期的な試みだったと思う。
・・で、この試み、私はかなりうまくいったんじゃないか、と。
「アトム」に今までにない<絵>の要素が加わったことにより、ただでさえ面白いこの作品が一層面白くなったように感じた。

いや、よく考えれば、これが初の試みというわけでもないか?
思えば、2019年にはMAPPAが「どろろ」をやってたんだったね。

「どろろ」(2019年)

これもまた作画から手塚色を排除して、デフォルメが一切無しのリアル寄りで作っていたと記憶する。
で、これの感想を言わせてもらうと、いやいや、めっちゃ良かったわ~。
虫プロの1969年版「どろろ」より遥かにいい。

1969年版「どろろ」
2019年版「どろろ」

で、思ったのよ。
やっぱ<記号>を<絵>にするだけで、手塚作品ってまだまだ無限に伸びる可能性を秘めてるよな、と。
そう、手塚作品のアニメ化って、原作があくまで<記号>論準拠ゆえ、まだ十分にはそのポテンシャルを出し切れてなかった作品がヤマのようにあるんじゃないかなぁ・・?

「鉄腕アトム」はディズニー「ピノキオ」をヒントに作られた話だというのを聞いたことがあるけど、おそらく、この「どろろ」もまた「ピノキオ」系の一種だろう。
これも、主人公・百鬼丸が「人間になりたい」という願いを叶えようとする物語だからね。

あと付け加えると、

・百鬼丸は生まれた時、四肢も目鼻耳もない状態だった
・幼少期から、全身義体で生きてきた
・義体の扱いに優れ、戦闘能力は常人より遥かに高い


という設定、どう考えても「攻殻機動隊」草薙素子そのまんまである。
最後、百鬼丸がどこかに消えて、その後の消息が分からない、というオチも草薙と結構近いものがあるし。

いや、士郎正宗先生が「どろろ」をヒントにした話も聞かないから単に偶然の一致だとは思うけど、それでもこんなプロットを1960年代で既に完成させていた手塚先生って凄いと思わない?
やっぱ彼は<物語>の天才であり、<画>は記号で構わないとするスタンスもまた納得せざるを得ない、といえる。

ある意味、手塚先生もまた、自身の一番の強みは<物語>の構成力と考えてたっぽいし(画力の方ではなく)、そこにはそれなりの自負があったんだと思うよ。
たとえ<画>があれでも

<物語>さえよければ、あとは何とかなる。


・・ならば手塚先生は、この作品を見てもそう言い切ることができたんだろうか?

実写版TVドラマ「鉄腕アトム」

<物語>さえよければ、あとは何とかなる?

<物語>さえよければ、あとは何とかなる?

<物語>さえよければ、あとは何とかなる?

このドラマが、何とかなったのかは知りませんけどね・・。

これは1959年放送のドラマだという。
ということは、アニメ「アトム」放送開始の数年前か?
さすがの手塚先生でも、このドラマの映像完成度に満足してたとも思えないので、「こんな実写化するぐらいなら、どんな形でもいいから『アトム』は早いことアニメ化しなくては・・」と考えていたと思う。
もうね、ここに及んでフルアニメとかリミテッドアニメとか、そんな高尚な次元の話は正直どうでもよかったと思うのよ。
たとえ低予算でもアニメ化することにやたらと焦っていた先生の本音というのも、それは一刻も早く、この実写の記憶を世間から消去することが一番の狙いだったのかもしれないね(笑)。

これ、いくら何でも破壊力ありすぎだし!

そういや、この時代は藤子不二雄先生のやつもこんな感じだったらしい↓↓

実写版「忍者ハットリくん」(1966年)


うん、こういう実写に比べたら、虫プロのアニメの方はめっちゃクオリティ高いものに思えてきたでしょ?
よし、そんなあなたにお薦めしたいのは、この作品ですね↓↓

劇場版「鉄腕アトム-宇宙の勇者-」(1964年)

この劇場版は、テレビアニメから3エピソードを抜粋した傑作選オムニバス形式である。
さくっと「アトム」の世界観に触れるのには、ちょうどウッテツケなんだわ。
悪の組織との対決、地球侵略を狙う宇宙人との対決、最後はハルマゲドン的なやつで、そのいずれもが結構面白い。

しかし、虫プロ「アトム」1期って全190話もあるので、さすがに全部は見てられないですよ。
ほとんどモノクロだし。
誰か、ちゃんといまどきの鑑賞眼にもフィットするような形で、「アトム」のリメイクを作ってくれないものだろうか?
キャラデザなんて大幅に変えて、それこそ「PLUTO」の感じでやればいいと思うんだよね。
もし、この令和に手塚作品をリブートしようっていうなら、「原作準拠」はむしろ悪手だと思う。
だって、いまどきSFのジャンルで<記号>化されたキャラのアニメってあるかい?
まぁ、ないこともないか・・。
でも、やっぱ手塚先生のキャラデザって古いのよ。
それは石ノ森章太郎先生にもいえることだけど、普通に昭和のキャラデザでそのまんま令和に出したところで、そりゃ誰も食いつきませんって。

でもね、手塚作品は調理次第でまだまだ美味しくなれる余地を残してるんだよ。
それだけは確かである。
だって、ただでさえ<記号>で作られてるんだから、そこには表現の余白がたくさん残されてるわけじゃん?
演出する側が、自らの作家性を注ぎ込める余地は十分。
リメイクする側として、これほど格好の素材もないだろう。
だから私は、リアル系アニメーターを起用した手塚アニメを是非見てみたいね。
先生の<記号>論とは真逆に、思いっきりリアル系にベクトルを振ってみてほしい。


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