原恵一監督の恐るべき作家性について考える
皆さんは、「クレヨンしんちゃん」の映画を見たことはありますか?
多分、日本国民の半数以上が一度は見たことがあると思う。
というのも、「泣けるアニメ」として必ずといっていいほど挙げられるのが「クレヨンしんちゃん」だからだ。
また映画は、たとえテレビシリーズを見てなくとも全く問題なく視聴できる内容となってるので、非常に便利がいい。
じゃ、ここで某サイトが発表した
「クレヨンしんちゃん映画人気ランキング」
その投票結果をご紹介したい。
クレヨンしんちゃん映画人気ランキング最新版
【1位】
嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲(2001年)監督・原恵一
【2位】
ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん(2014年)監督・高橋渉
【3位】
嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦(2002年)監督・原恵一
【4位】
ヘンダーランドの大冒険(1996年)監督・本郷みつる
【5位】
爆睡!ユメミーワールド大突撃(2016年)監督・高橋渉
とりあえずTOP5の発表のみとさせてもらうが、まぁ納得のラインナップだよね。
やはり原恵一強し、という印象。
とはいえ、コアな「クレしん」ファンから言わせると、「オトナ帝国」も「戦国大合戦」も「クレしん」らしさがイマイチ、とのこと。
う~ん、どうなんだろうねぇ。
確かに「戦国大合戦」なんかは、原作者の臼井儀人先生なら絶対に描きそうにないキャラデザのメインヒロインだったと思う。
原監督は、この作品を契機として「クレしん」の監督から降りたわけだし、いわば訣別の作品として「自分のやりたいことを目一杯やった」という印象である。
結果的に「戦国大合戦」は「クレしん」シリーズとして初のメディア芸術祭大賞を受賞、さらに新垣結衣主演で実写化されるなど、トンデモないレベルで大成功をおさめた。
業界の評価はサイコー、でもコアな「クレしん」ファンの一部からは不満の声。
このパターン、宮崎駿の「カリオストロの城」、押井守の「ビューティフルドリーマー」と全く同じである。
宮崎駿も押井守も上記作品以降、シリーズの監督を降りたという流れもまた原恵一と全く同じである。
ある意味、一流監督が必ず通る道?
とりあえず、原恵一は宮崎駿や押井守と同列で語るべき人物のようだ。
じゃ、今回はこの原恵一監督について書きます。
この人、めっちゃ作家性の強い人だと思う。
そしてそういう人ほど、宮崎駿や押井守の例を挙げるまでもなく、ちょっと人格的にややこしかったりするものよ。
どうやら原さんもそっち系の人で、彼の一風変わった性格はWikipediaで次のように書かれている。
・絵を描くのは好きだが、学生時代はアニメをあまり見ず、実写映画ばかり見ていた。
・好きな映画監督は木下惠介、黒澤明、小津安二郎、デビッドリーン。
特に木下惠介が好き。
・ケータイやパソコンなどの通信機器を一切持たず、自宅の電話は黒電話である。
・高校でも専門学校でも、周りと馴染めなかった。
・専門学校時代、同級生に好きなアニメを聞かれ、「サザエさん」と答えたらディスられた。
・シンエイ動画で念願の「ドラえもん」の演出を手掛けたが、斬新な作風が社内で問題視され、アニメーターからは「原さんの作品はやりたくない」と言われたりして、喧嘩になったらしい。
・会社を10ヵ月休職し、東南アジア各国を放浪したこともある。
・「誰も傷つかないような毒にも薬にもならない、生ぬるい映画が大嫌いだ」と語っている。
なんつーか、尖ってるよね~。
ちょっと怖いタイプだわ。
「人間関係は綺麗ごとだけでは済まないし、世界には残酷なこともあるのだから、それをシビアに、真っ向から描くのが映画監督の仕事」
というのが彼の考え方らしい。
言われてみれば、どんな高い所から落ちてもキャラが死なない「クレしん」の中で、遂に原さんは人の死を描いちゃったもんなぁ・・。
彼はハートウォーミングな作風のイメージがある一方で、後の「カラフル」では自殺を図った中学生が主人公である。
彼は母親が不倫相手とラブホから出てきたところを目撃し、さらに片想いの相手がオジサンと援交してる現場を目撃するなど、かなりメンタル的に過酷な境遇なんだよね。
かといって、この主人公には全くもって同情できない。
というのもコイツって、目撃した不倫をネタに自分の母親をグイグイ精神的に追い詰めていくわけで、その結果、母親は壊れる寸前のところまでいってしまうのよ。
まさか子供の残酷さをここまで露骨に描くとは、原監督もエグいよな・・。
あと、近年の原さんは「かがみの孤城」を監督していて、これも「いじめ」や「不登校」が題材となっており、結構エグかったと思う。
どっちかというと、こっちが原恵一本来の作家性?
ただ、「カラフル」にせよ「かがみの孤城」にせよ、両作品とも共通の救済が描かれていて、それが「友人ができたこと」なんだよ。
「カラフル」の中で、主人公はこう語っている。
「惨めというのは、挨拶する相手がいなかったり、移動の時や昼休み、一人だったりすること。
一緒に歩く誰かがいるということは、もうこれだけでジンとなるほど嬉しい。
他のことなんて、どうでもよくなるぐらい・・」
この主人公は絵を描くことが取柄なので、進学する高校はそれに有利な学校という選択肢もあったんだが、彼は「初めて出来た友達」と同じ高校に行くという選択をした。
それこそが最優先事項ということか。
彼は「絵を描くのが好き」「周りと馴染めない」というキャラゆえ、まさに原さんにとっては昔の自分自身の投影だったかもしれん。
きっと原さんも、友人の大切さを身に染みているんだろう。
という割には、いまどきケータイもパソコンも持たない超アナログ派というのは、よく理解できないけど・・。
原監督は「カラフル」の3年後、ひとつの実写映画を撮っている。
それが「はじまりのみち」で、普通、アニメ監督が実写映画を撮ると駄作になりがちなんだが、この映画に関しては2013年「キネマ旬報」日本映画部門第15位でランクインしてるわけで、原さんって実写でもイケるという稀有な人なんだ。
さすが、若い頃に実写映画ばかり見てただけのことはある。
この映画は、原さんが心酔する映画監督・木下惠介を主人公としたもので、映画会社から作品のダメ出しをされ、監督を辞めた木下惠介が母親と時間を過ごす中、また監督として再起を決意するまでを描いている。
特にエンタメ性がある映画じゃないのでお薦めはしないけど、原さんの作家性を強く感じられる内容だよ。
特に映画会社に辞表を叩きつけた木下惠介の姿は、それこそ「ドラえもん」を降板した頃の原さん自身かもしれん・・。
でさ、この映画の何が凄いかって、作中でディスられていた映画「陸軍」のラストシーン(実物の映像)6分間をまるごと挿入してるのよ。
主演が田中絹江という昭和の大女優で、彼女が戦地に赴く息子を追いかけるシーンはガチ圧巻である。
これ見て、ちょっと思い出したのは「戦国大合戦」のみさえだね。
母は強し・・。
みさえは、「クレしん」の中でも私が特に好きなキャラだ。
そして原さんは、監督としての持論として、こう語っている。
「実写映画は引き算。
アニメは足し算。
いずれ、アニメにも引き算の手法を取り入れたい」
何言ってるのかよくわからんが、彼は余白のある表現を良しとしてるのかもね。
そのへん考えると、「クレしん」は原さんにとって情報量が多すぎたのかもしれんな~。
みさえ、ひろし、ひまわり、シロ、かすかべ防衛隊メンバー、幼稚園の先生たち、ななこさんやご近所の人たち、キャラがみんな魅力的すぎる。
これじゃ引き算が難しいし、だからこそ、原さんはここを卒業したのかも。
多分、原さんのベクトルは今後どんどん木下惠介の方に向かっていくと思うよ。
「楢山節考」(母親を山に捨てる話)や「二十四の瞳」(12人いた生徒のうち7人しか生き残れなかった話)が木下監督の代表作である以上、原さんの作風は今後暗くなっていく可能性は高い。
「クオリティは高いけど、ヒットしない」、多分そういうところに落ち着くだろう。
うん、彼の「クレしん」卒業は必然だわ。
だって、しんちゃんがみさえを捨てるところなんて見たくないもん。