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天才・山田尚子監督は、理系なのか?文系なのか?

今回は、当代NO1女性アニメ作家・山田尚子監督について書いてみたいと思う。
山田尚子といえば「けいおん!」のイメージが強烈だったんだが、それも「聲の形」を契機に大きくイメージが変わったと思う。
それこそ、障害者、イジメ、自殺など超デリケートな問題を扱った作品で、まるで「けいおん!」とは真逆の作風である。
これを監督するのはかなりの冒険だっただろうに、フタを開けてみれば興行収入23億という大ヒットだった。
よくもまぁ、こんな地味な映画がここまでヒットしたもんだわ。
もともと原作漫画が人気というのもあっただろうが、おそらくクチコミで「聲の形」スゴイと広まったのもあるだろう。
あの新海誠がこの作品を見て

真似したくても、とても真似られそうにない

と言ったらしい。
国内外の映画祭でも高く評価され、たとえば英国デイリーテレグラフ紙は

新海誠、細田守、スタジオポノックに加え、監督・山田尚子の名前を必見のリストに追加する

と評価した。
一躍、時の人扱いだね。

山田尚子監督

女性作家としては、たとえば近年では岡田磨里監督なども有名だけど、岡田さんは脚本家が母体ゆえ「言葉の人」なのに対し、山田さんは明確に「映像の人」である。
そのセンスをメディアはよく「女性ならではの感性」と絶賛をするものの、本人は恐縮して
いや、むしろその逆というか、頑張って計算してるんですけど
とコメントしていた。
彼女のインタビュー等をチェックしてると、かなりの頻度で「計算」とか「数学」とかのキーワードが出てくる。
意外と、ロジックで作品を構築するタイプのようだ。
じゃ、めっちゃ頭いい系の人なのかというと、そういうわけでもなさそう。
どっちかというと、「感度高い系女子」ってやつだよ。
たとえばだが、Wikipediaに彼女が影響を受けた人物が挙げられており、その顔ぶれが
・小津安二郎
・松本俊夫
・セルゲイパラジャーノフ
・ソフィアコッポラ
・アレハンドロホドルフスキー
・ルシールアザリロヴィック

といった名が挙げられている。
というか、こいつら誰やねん(笑)。
小津とソフィアコッポラとホドルフスキー以外、全員知らん。
あ~、でも、ソフィアコッポラは確かに山田さんの作品の空気感と共通するものがあるかも。

ソフィアコッポラ監督作品「ロストイントランスレーション」

山田さんって、いわゆるハリウッドメジャー系ではなく、単館上映系を嬉々として見にいくタイプだね。
うん、分かるわ~。
私の姉の学生時代とか、まさにそっち系のど真ん中の人だったもん。
女子って、こういうタイプがクラスに数名ほど絶対いるよな?
多分、聴いてる音楽も感度高い系のやつばかりで、アーティスト名を聞いても分からないようなのばかり聴いてたりするんだわ、これが。
どうやら山田さんも学生時代バンド活動をしてたらしく、それこそアンテナビンビンに立てまくってたタイプだと思う。
きっと「放課後ティータイム」的な、女子ノリの人ではなかったと思うよ。
もっと尖った感じ、俗にいうコダワリ系である。
え~とね、率直にいっちゃうと、こういう女子、私苦手です・・(笑)。

河瀬直美監督作品「光」

多分、山田さんと同系統の女性作家をアニメ界に探すことは難しいわけで、敢えて似たタイプを探すなら邦画の世界だろうし、多分河瀬直美さんあたりだと思うんだわ。
この人も、映像のコダワリが尋常じゃないタイプだからね。
山田さんは芸大出身なんだが、そこで洋画コース専攻といいつつ「特撮部」に所属し、立体造型の制作を主にやってたという。
あ~、そっち系か。
山崎貴、もしくは庵野秀明っぽいタイプか。
何にせよ、アニメーターとして相当な変わり種であることは間違いない。
というか、学生時代にほとんどアニメなんて見てなかったんじゃない?
見ても、せいぜいジブリとか。
そのへんは、いしづかあつこさんに通じるものがあるかもしれない。
いや、エッジが効いてるという意味では、山田さんの方がステージが上だと思うけど・・。

さて、山田さんの映像のコダワリ部分についてだが、よく指摘されるのが次の要素である。

・顔を正面からでなく、横からのショットで描く
・手、足のズームショットで感情を表現する
・アウトフォーカス(焦点ぼかすやつ)を多用する
・手ブレ加工を入れる
・逆光照明

全てアニメ由来というより、実写映画由来の表現パターンだよね。
俗にいう、岩井俊二的な文法とでもいうべきか。
おそらく、この人の本質って「映像オタク」だわ。
今まで京アニゆえ、ずっと「作画が綺麗」とか「キャラがカワイイ」とかで解釈されてきたんだろうけど、山田さんの本領はそっちじゃない。
デッサンよりむしろ、エフェクト、加工の方が彼女の本領。
と考えれば、彼女が京アニを離れてサイエンスSARUに行ったというのも、なんか腑に落ちるんだよね。
だって、あっちは当代NO1の映像イノベーター湯浅政明の本拠なわけで(現在、湯浅さんはSARUを離れたと聞くが・・)、「作画の京アニ」とはまた別のノウハウを持ってるんだから。
たとえば、SARUお得意のAdubeFlashアニメとか。

こういうのは少人数で作品を作れちゃうわけで、手描きセルの人海戦術的なアニメ作りとは対極なんだ。
いや、別に手描きの最高峰・京アニを否定するつもりは毛頭ないし、きっと山田さんも古巣を否定などは絶対にしないだろう。
ただ、彼女は感度高い系の人だから、チャレンジしたかったんだと思う。
もともと、ハリウッドメジャーよりも単館上映系を好む人である。
そういう意味では、SARUなんてまさにそっち系だからね。

山田さんの絵コンテ

岡田磨里さん、あるいはいしづかあつこさんと違って、山田さんはこれまで脚本を手掛けてこなかった。
作詞はしてたみたいだし、文才も一応あるのかな?
基本彼女は「映像の人」「絵コンテの人」だからどっちでもいいんだけど、ただ最近になっていよいよ脚本にも着手した様子。
Garden of Remembrance」というショートアニメでのこと。
ちょっとPVを見てもらおうか。


平家物語」の時にも思ったが、画がもう完全にSARUになってて、京アニの匂いがいまいち残ってない。
で、やっぱこれ、かなり少人数で作ったらしいんだわ。
その分、山田成分無調整100%かもしれないね。
じゃここで、その山田成分を凝縮した濃縮還元100%ポンジュースみたいなMVを見てもらおう。

もうね、山田尚子、天才すぎる・・。
何が天才って、その繊細さだよ。
しかも本人はこの表現を「感性」でなく「計算」「数学」だと言ってるわけで、だとすりゃ女子の「計算」は末恐ろしい・・。
男子諸君、オンナノコを見て「うわ~、今のしぐさカワイイ~」と思ってもその時に冷静になって、山田さんの言葉を思い出してくれ。
それ、全部「計算」だから。
いや、逆に女性作家の強みって、まさにそこなのかもしれないね。
学校の勉強とは別の意味での「計算」。
たとえば、前述のソフィアコッポラ
この人の映画は正直あまり男子に人気ないけど、一部女子には熱狂的に支持されている。
男子には、どっちかというと親父の方が人気でしょ?
「ゴッドファーザー」とか「地獄の黙示録」とか。
一方ソフィアコッポラの場合、親父みたくパワーで押してくる作風ではないんだ。
一番分かりやすいところで、「ロストイントランスレーション」あたり見てほしい。

この映画、なぜかスカーレットヨハンソンの尻のアップから始まる

この作品における登場人物たちはめっちゃ行動半径狭く、画面に大きな動きは最後まで何もない。
ただ、スカーレットヨハンソンとビルマーレーが悶々としつつ佇んでるだけなのよ。
そのくせ、画面には何かと情報量が多い。
これ、まさに「リズと青い鳥」の構図だね。
ソフィアコッポラの文法には繊細な表現しかないので、そこを読めない人には「ロストイントランスレーション」=全くの駄作、ということになるだろう。
山田さんは当然「読める人」なわけで、しかもその読み取ったものを数値で方程式化し、その式をアニメ表現で応用している。

「リズと青い鳥」
「リズと青い鳥」

これってさ、よく考えたら凄いことなんだ。
だって、映画ではスカーレットヨハンソンが意識してない部分ですら映像として映りこんでるわけだし、ソフィアコッポラも全く計算してなかった偶然によって生じた一瞬の奇跡があったかもしれない。
でも山田さんって、多分そういう部分ですら計算式にして応用してるわけよ。
「リズと青い鳥」は、そういうものの集大成だと思う。
よくこれを「百合」と解釈する人がいるんだけど、う~ん、そのへんはどうなんだろう。
前述の「ロストイントランスレーション」で、ビルマーレーとスカーレットヨハンソンは約1週間ずっと一緒にいるけど、でもSEXしてないんだよね。
じゃ、このふたりは「不倫」してないと解釈すべきなの?
そこは、何とも言えんわけよ。
この「何とも言えん」感が「リズと青い鳥」にもあって、私はこれ、百合のような百合じゃないような、やっぱり何とも言えんし、逆にそこがこの作品の一番いいところだと思うんだよねぇ・・。

最初に山田さんの作家性が露呈したのは、映画「たまこラブストーリー」だろう
「聲の形」は、最後主人公が開眼に至るまでの数分間の演出が素晴らしかった!
「リズと青い鳥」は、ひとつの到達点だね


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