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他人と比較してしまう…比較から見つける「等身大の自分」

朝晩寒くなりましたね。
昨夜は押し入れに入れてた掛布団をひっぱりだしてきました。

日中も寒くなるかなと思っていたら、
風は冷たいけど、陽が当たる場所は暖かい。
家でじっとしてる方が寒く感じる気がする🍃


こんにちは。あんじです。
ADHD不登校くんと繊細ちゃんの多様性子育て中。大変なことも多いけど、日常にヨガを取り入れて楽しく日々を送っています。

そんな普段の暮らしに役立つヨガの知恵をシェアしています。




今日のテーマは、『他人との比較について』です。

人の学歴や収入、地位、ポジション、所有物、結婚してる、子どもがいる…
今はSNSで他人の情報がこれでもかというほど目に入る時代なので、
他人の発信を見て、どうしても自分と比較してしまいますよね。


自分と他人を比較して落ち込んだり、
マウントを取ったりすることは、何の意味もないこと。


うちは今年受験生なので、もしかするとママ友の間では、
どこに進学するかでマウント合戦があってるやもしれません・・・
(知らんけど)

自分の劣っているところと、他人の優れたところを比較して落ち込んだり、
人をジャッジしたり、優劣を付けて見下したり、
そういうことをしても何も生まれませんよね。

他人の目を気にしながら生きていくことになります。
それだと、自分の心がどんどんすり減って苦しくなってしまいます。


でも、比較すること自体が悪いことじゃないんです。
人と比較することでしか分からないことがあるから。

それは、自分の「得意なこと」「苦手なこと」


例えば小学校の運動会でのかけっこで、
足が速い子とそうじゃない子がいる。

勉強ができる子、工作が得意な子、
リーダーシップを取れる子、
確実にコツコツと成し遂げる子、
給食をたくさん食べる子、
誰にでもやさしくできる子。

いろんな個性を持った子どもたちがいるよね。


社会のもどこにも繋がらず、ずっと家でひとりで過ごしていたら、
好きなことくらいは見つかるかもしれないけど、

自分が何が得意なのかってことは、
誰かと比較してみないと分からない。

横に並んで「よーいどん」で走ってみたり、
テストの点数が高いとか、
クラスの中の役割とか、

他人がいるからこそ、気づけること。


かけっこで1位だった・最下位だった
テストで100点だった・0点だった
生徒会長になった・友達とけんかした

ただ事実があるだけ。

これに優劣のフィルターをかけて物事を捉えるから、
苦しくなってしまうのです。


そうではなく、
自分を知るためのデータにする。


足が速くてスポーツが得意。
勉強は苦手だけど、社会の授業は好だよね。

友達には優しくできるけど、
自分の気持ちを吐き出すことは苦手。


得意も不得意も、そのまま受け止める。


得意を伸ばしながら、苦手なことは工夫したり人に頼ったりしながら、
自分なりのやり方を見つけていく。

そうやって、自分らしい生き方を探すんです。
だから、ひとりひとり違って当たり前。

これは大人も同じことよね。


だから、自分で自分を褒めたり、労ってあげよう。

「いい感じだね!うまくやってるね!」


うまくいかないことがあっても、
「そうだよね、頑張ったよね」と自分に声をかけて。


「何でできなかったの?!」
「自分なんて駄目だ…」
自分を否定したり、責めたりする言葉が浮かんでたら、

それもそのまま、
「うんうん、そう感じるんだねー」
「辛いよねー」
全てを受け止めてあげる。


私たちは不得意なことや苦手なことがあるから、
他人の気持ちを理解することができたり、
人に寄り添ったりすることもできる。

苦手なことは工夫したり、
人を頼ったりしながら自分のやり方を見つけていく。


どんな自分だとしても、

そんな自分だからこそ
見える景色があって、
そして誰かのためにできることがあるはずなんです。


今この瞬間、自分が置かれている環境の中で、
等身大の自分を感じることができたら、

/
ディスイズ ミ――――!!
\

って心の中で叫ぼう(笑)

そのままのあなたが素敵です。


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angie

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