ジョブ型雇用とその課題・対応
1. ジョブ型雇用化への気運
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は労働者の自由な移動と接触を阻み、結果、テレワークや時差出勤などこれまでは特殊とされた働き方を短期間で一般化させることとなりました。今後コロナ禍が終息したとしても、社会構造に起因する今回の働き方の変化は不可逆的であり、評価・検証によってより効率的に機能するように調整され、結果、一部では生産性が落ちる等の理由により廃止や縮小という判断は為されたとしても、新たなマーケットでの競争が生み出すICTやHR-Tec等の新たなテクノロジーの後押しによって今後の主たる働き方の重要な選択肢の1つとして定着するものと思われ、事実として在宅勤務専用の正社員採用の開始や社員全員を原則在宅勤務にする企業も出現してきました。
これに追従する形で「見えない社員」をマネジメントし評価する必要性や、有事に備えて総額人件費と労働生産性とのオンタイムでの結びつきを強化させなければならない問題に企業は直面し、日立製作所、KDDI、富士通、資生堂などの大企業が今後ジョブ型雇用(職務基準の人事制度)を積極的に取り入れていくことを表明し、最近では企業規模によらずジョブ型雇用に強い関心をもちはじめています。
また、コロナ禍以前から雇用のテーマとなっている「同一労働同一賃金問題」への対応もジョブ型雇用化を加速させるものと考えています。
理由として、同一労働同一賃金問題への各社の対応を見ていると、正社員とは明らかに異なる非正規労働者に対しては「職務内容」や「人材活用の仕組みや運用」の格差が曖昧にならないようにいっそう明確化するという動きがある一方で、実態として正社員に近い働き方にある非正規労働者については、無期雇用の限定正社員や無期パート等の属性を新たに創設(もしくは既存のものを強化)し、これに移行させることによって、無限定正社員以外の従業員の地位や待遇が向上し、各々が連続的になり、ジョブ型化していく傾向が見られることにあります。このような新たに創設される中間的属性区分は非正規雇用からの派生であるが故、スムーズにジョブ型雇用を適用しやすく、労働生産性の面でこれらが効果的に機能したことを実証ケースとして無限定正社員にも波及することは十分考えられます。
2. ジョブ型雇用の仕組み
報酬の支払い方でジョブ型雇用を定義した場合、メンバーシップ型雇用では職能給を採用して「社員各人の職務遂行能力に報酬を支払う」のに対し、ジョブ型雇用では職務給を採用して「社員各人が担っている職務の価値に応じて報酬を支払う」ことが特徴的です。より簡潔に説明すれば、職能型では社員各人の職務遂行能力に値段を付け、職務型では社員が就くポストに値段をつける。つまり、ヒトにお金を払うのか、仕事にお金を払うのかという歴然とした違いがあります。職務型では属人的な要素は一切加味しないのが原則です。
また、ジョブ型に準拠しながらも日本型雇用と日本の労働法制に合わせて調整した役割型という制度もあります。
3. ジョブ型雇用ブームの展望と対応
ANAが2021年3月期決算の業績予想において5100億円の純損失見通しを表明したことは記憶に新しく、これは同社の過去7年分の純利益を1年で食いつぶしてしまった事になります。
アメリカのように再雇用を前提としたレイオフ(一時解雇)が可能であれば有事での人件費調整が可能である一方、職能型や役割型を中心とした日本の人事制度や解雇や賃下げが極めて困難な労働法制下においては雇用維持、月例賃金維持を前提として、賞与の削減、非正規雇用者数の調整と助成金で急場を凌がなければならず、業績とオンタイムで連動しない賃金制度の問題改善に取り組む必要性が注目されるのは当然の流れと言えます。
ただ、現実的にジョブ型雇用に踏み切った企業を見てみると、海外展開をしている大企業を中心に相対的にコロナ禍の打撃がそれほど大きいとも思えない企業が多く、またその方針を示した時期も比較的早い時期であったことから、おそらくこのような企業はグローバル競争で勝ち抜くためにジョブ型雇用に転換するための下地作りをコロナ禍前から入念に進めていて、その転換を示すタイミングとして労働者の理解も得やすいコロナ禍が最適と考えたのではないかと想像されます。
一方で、鉄道、航空業や百貨店、高級ホテル等、ホスピタリティといった会社の独自文化に基づいた長期的能力開発による属人的要素がより重視される産業においては、コロナ禍での打撃が甚大であるにも関わらずジョブ型雇用への転換をほとんど打ち出しておらず、むしろ近似職務を持つ企業への出向等によってその品質を落とさないように取り組んでいることも特徴的です。
おそらく今後、様々なところでジョブ型雇用への転換への必要性を過度に強調した主張が賑わうこととなるでしょうが、職能型からジョブ型への性急な転換には相当の反作用(労働者の拒絶反応等)への覚悟と緻密な設計・運用が必要で、非グローバル企業や中堅中小企業(一部のテクノロジー型ベンチャー企業を除く)においては前のめりになってこれに取り組む必要は全くないものと考えます。
ジョブ型雇用への転換は単に企業の独自の制度設計だけで実現出来るものではなく、これを後押しする労働法制の整備や司法判断の変化、現実的な雇用流動化への進捗状況の確認と歩調を合わせ、出来るならば若干これを先取り出来るような体制づくりに留めておく事で現状は事足りると思います。
現在、職能型を採用しているのであれば役割型への移行、役割型をすでに採用しているのであればその特徴である「曖昧さ」の抑制や、等級を細分化する等、設計面・運用面で少しずつメンバーシップ型からジョブ型に寄せ、馴染ませていくという取り組みがその具体策という事になるでしょう。
また、最も重要であるにも関わらず見落としがちなのが、日本における『人事制度』は従業員の能力を開発し、成果を上げる人材に成長させるためのプラットフォームであり、仮に雇用流動化によって外部からそのような人材を容易に獲得できる時代が到来したとしても、充実した人材育成機能を備えた会社の強みに陰りが生ずることはないという事です。
ジョブ型雇用化を進める際には能力開発が可能な仕組みづくりを並行して議論しなければ、それは単なる人件費や要員のコントロール機能に留まり、まして、能力開発機能を陳腐化するものたらしめるならばジョブ型雇用を契機とした衰退のスパイラルに陥ることもあるでしょう。
どのような人事制度を採用する場合でも同じですが、制度の趣旨・目的を真に理解し、その実現のために人事制度を適切にハンドリングできる人材をいかに充実させることが出来るかが成功・失敗の鍵となります。
また今後一部の企業でジョブ型化への機運が高まる一方でその反作用としてヒト主義に上手に準拠した企業の相対的価値は向上するのではないかとも筆者は考えていて、ジョブ型雇用の導入企業とオンタイムの報酬面で対抗することは困難となるが故、『非金銭的報酬』の充実度がその鍵になるものと想像しています。(※ジョブ型雇用を導入した企業は非金銭的報酬を重視しなくなる傾向にあるため)
≪非金銭的報酬の例≫
成果主義、ホワイトカラーエグゼンプション、高度プロフェッショナル制度・・。
制度としては非常に合理的であったにも関わらず一般化しなかった制度は多数あります。
前述のとおり日本の労働環境全体としてのジョブ型雇用化への流れは長期的には間違いないものと筆者も考えてはいますが、特に中堅・中小企業にあっては性急さは必要ありませんので、その導入時期、導入の仕方については必要に応じて各々の会社の事情を掌握した適切な外部の専門家の指導を仰ぎながら少しずつ、もしくは部分的にご調整頂ければと思います。
Ⓒ Yodogawa Labor Management Society