見出し画像

ジャン=クロード・エレナ『香水』(文庫クセジュ)感想

存命の優れた調香師は誰かと問われたときに、香水が好きな人が彼の名前を忘れるということは万に一つもないであろうジャン=クロード・エレナの著書。昨年はフレデリック・マルで新作「ヘヴン・キャン・ウェイト」を出すなど、70歳を超えてなお、創作意欲は衰えを知らないようです。

そんな氏が著した『香水』(文庫クセジュ、2010年)ですが、私個人としては非常に面白く読ませていただきました。

目次は以下の構成となっています。
第1章 こんにちの香水はどのように誕生したか
第2章 鼻と匂い
第3章 原料と素材
第4章 調香師になるための勉強
第5章 調香師という職業
第6章 香水とは
第7章 時間
第8章 マーケティング
第9章 香水を市場に出す
第10章 香水の国際市場、その立役者たち
第11章 香水を「保護」する

現代における香水の歴史(合成原料を背景にした19世紀終わりから)にはじまり、嗅覚の話、香水のもととなる材料(化学物質の名前がたくさん出てくる)やそれらを混ぜ合わせるとどのような香りがするかといった話など、化学のことやら、香水に目を付けたメゾンのことやら、マーケティングだとか市場だとかに章が多く割かれており、それに加えて、ライプニッツ、セザンヌ、プルースト、モンテーニュからの引用などが散りばめられており、それだけを聞くと、およそ西洋における教養といわれるであろう知性を背景に、いかにして売れる香水を作るか、作ることができるかといったことが書かれていると想像してもおかしくないのですが、分量はともかく、著者が調香師として大事にしているところはもっと別のところにあるということが、読んだ私の感じたことです。

つまり、どういうことかというと、科学の発展により、匂いを分析し、定量化、記号化することが可能になったけれども、その記号を再現するために調香師はいるのではなく、心惹かれる匂いの記憶を、頭の中に思い描いた匂いのイメージに形を与えるものが調香師である。マーケティングをして分かることは、あくまで市場の嗜好であり、売上の人気やランキングというのは、単なる市場でどれだけのシェアを獲得したかという情報に過ぎない。こうした著者の表現には、経験、美意識などに裏打ちされたアーティストとしての矜持のようなものを感じました。

エルメス初の専属調香師として雇われた際の「庭シリーズ」の創作エピソードに触れている箇所も面白く、読みごたえがあります。職人気質の人だなと感じましたし、古い香水やメゾンについては知らない名前もちらほらあったので、ググって瓶のデザイン、調香師、ノートについて眺めるのも楽しい。香水というより、調香師に興味がある人が読んだ方が楽しめる気がしました。

また、著者が強く影響を受けたルドニツカの記事なんかがブルータスにありました。グラースが香水の原料の産地となったのはエドモン・ルドニツカによる功績。

では、ごきげんよう。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集