灯るホタルと彼女の背中

涼しいところにいこう。全会一致で決まった夏の家族旅行は山間に佇む温泉旅館だった。
そんな旅先での記憶。

夜風に当たろうと散歩をしていると、山の中腹がキラッと輝いた。
明るく輝いたかと思うと時折トーンが下がる。
不規則なリズムで放たれる光の正体は程なくして見つかった。

山肌に設置されたソーラーパネルに月の光が反射していたのだ。
雲に見え隠れする月と同調しこちらを照らしている。

2つの光源に目をとられていると、浴衣の裾をクイと引っ張られる。
田んぼを見つめしゃがみこんでいる娘。
月の光を浴びた背中が明るい。
「あそこに。ホタル。」
彼女が指差す先には稲穂の隙間に小さく光る蛍が見えた。

じっと動かない蛍と彼女。

灯っては消えまた灯る小さな点は、あの山に点灯する巨大なパネルなど比じゃないくらい、彼女にとって壮大で完璧な風景だった。

うずくまった彼女の影の中で、蛍は青い稲穂を美しく照らしていた。

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