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「ブルーピリオド」:何をやってもこなすデキ男が難関芸大を目指す受験劇。アート感を上手く映像に落とす傑作!

<あらすじ>
ソツなく器用に生きてきた高校生・矢口八虎(眞栄田郷敦)は、苦手な美術の授業の課題『私の好きな風景』に苦労し、悩んだ末、一番好きな『明け方の青い渋谷』を描く。そのとき八虎は、絵を通じて初めて本当の自分をさらけ出せたように感じる。美術に興味を持ち、どんどんのめりこんでいく。やがて国内最難関の美術大学への受験を決意するが、才能あふれるライバルたちや、正解のない“アート”という大きな壁が立ちはだかり……。

KINENOTEより

評価:★★★★★
(五段階評価:★が星1つ、☆が星半分、★★★★★が最高、☆が最低)

マンガ大賞2020を獲得した山口つばさの同名コミックを、「サヨナラまでの30分」(2020年)、「傲慢と偏見」(2024年)の萩原健太郎がメガホンをとった作品。ちょうど原作コミックがマンガ大賞を取られたときがコロナ禍で自宅にいることが多かったので、コミックを何巻か一気に読んだ記憶があります。高校では不良仲間とつるんでいるものの、クラスでの成績は優秀で何でもソツなくこなすデキ男の主人公・八虎。大学受験を心配する母親のために、勉強だけは続けていた八虎だが、仲間とつるんでいてもどことなく物足りない毎日を過ごしていた。そんなとき、ふとしたことから高校の美術室で心奪われる絵と遭遇する。自分でも同じ感じに描けるか試してみるが、なかなか思うような絵を描くことができない。その中、今までは気なく受けていた美術の課題で、上手く描くことよりも自分が感じたままを絵にしたことからアートの奥深さに触れ、国内最難関の美術大学への受験を目指していく、、、という物語になっています。

よく言われることですが、回答が必ず存在する数学や理科の問題と違い(実は、正解がある問題が理数でも稀なんですけど、、という難しい話は別にして笑)、世にいうアートというものには正解がありません。絵が下手な僕の言い訳ではないですが、アートというのは絵を正確に(写実的に)描くというのは1つの技術に過ぎなくて、一番大事なのはアーティスト(製作者)が何を感じ、アートに触れる人に何のメッセージを伝えるかということ。たとえ、見た目が幼稚園児の絵のようであっても、白い空間にポツンと映らない雑音がするテレビが置いてあるだけのような現代アートでも、自然音と弦楽器の響きが混生するノイズっぽい音楽でも、それらに触れることで心に感じうるものが生まれれば、それはその人にとってアートになるのです。それは無難に数式をこねくり回せば生まれるものでもないし、ググっても出てこない知識のようでもある。でも、単純に線を描き、色並べるだけでもいいものでもない。人の心が難しいように、アートも単純に点数で表現できるものでないことがアートを難しいものにしているように思います。

というように、結論よく分からないアートの世界ですが、それにハマっていく八虎の心情を本作は見事に映像化していると思います。悪く言えば、ちょっとMVっぽくも見えなくもないですが、すごく個性的なキャラが出てくる原作コミックの物語部分をそのまま映像化するだけだとキワモノになってしまうのを、このアートっぽい世界観を巧みに映像にしていくことで見応えのすごくある作品にしていると思います。もう、この映画だけで1つのアートになっているといっても過言ではないです。映像だけで観ると、キャメロン・クロウ監督の「バニラ・スカイ」(2001年)や、クリストファー・ノーランの「インセプション」(2010年)、毛色は違いますが「TENET テネット」(2020年)で感じたようなアート感覚に近いです。これら例に挙げた作品はSFですけど、本作は単純な高校青春劇なのが、これまたすごいことなのです。ただ、惜しいのはこれらアートの抽象的な感じを上手く映像化できている反面、原作コミックで多く登場した受験生キャラなどの脇役エピソードが相当省略されていること。まぁ、これらは原作コミックで補完いただくとして、できるだけ大きな画面でたくさん登場するアート作品を堪能してほしいなと思います。

<鑑賞劇場>TOHOシネマズくずはモールにて


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