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赤の他人と話す時に私たちが知るべきこと

信じられないような話ですが、人間はお互いの感情が外見からは全く分かっていません。嘘をついている人は正直者に見えるし、スパイ活動をしている人は信頼できる人に見える、不安そうにしている人は何か悪いことをしているように見えています。人の表情から読み取れる情報は、その人が頭の中で考えていることを理解するのに信頼できる要素ではありません。

この驚くような内容は、世界的ベストセラーを何度も出しているマルコム・グラッドウェルの最新作「Talking to Strangers」「赤の他人との会話」で書かれているのですが、この本のテーマは「the stranger problem」「赤の他人問題」です。見知らぬ人との会話が何故難しいのか?を本書を通してグラッドウェルは説明しています。

グラッドウェルの特徴は、一見関係ないような様々なピースを結び付け、見たこともないパズルを完成させる、その書法です。そして「見たこともないパズル」を作りたいが為に無理矢理ピースをはめ込むことをしないのが、彼の凄さです。私にとっての「良い本/面白い本」は、読む前と読んだ後で世界が少し変わって見える本なのですが、本書も期待を裏切らない面白さでした!

2015年テキサス。黒人のサンドラ・ブランドは、車線変更する際にウィンカーを出していなかった交通違反を理由に車を止めるようにブライアン・エンシニシアという白人警官から言われます。2人の会話は、ある発言をきっかけになぜか急激に悪化し警官はブランドを車から下ろそうとスタンガンを向け、応援を呼び、ブランドは逮捕されました。そして3日後、ブランドは留置所で自殺しました。

この事件はアメリカで、白人警官による黒人差別だ、と連日報道されていましたが、グラッドウェルは「サンドラ・ブランドは白人警官が毎日パトロールしている地域にいるタイプの人間じゃなかった…彼等はお互いに赤の他人だった」と、人種差別以外の理由があった「可能性」を探り始めます。

この「可能性」を探る為に一旦サンドラ・ブランドの件から離れて、グラッドウェルは様々なピースを集め始めます。

CIAは何故キューバのスパイを見破ることが出来なかったのか?イギリス首相チャンバーマンは何故ヒトラーに親愛さを感じ、第二次世界大戦に突入してしまったのか?バーナード・マドフは何故アメリカ史上最大の投資詐欺を行えたのか?などなど、歴史的スキャンダルはいつもお互いのことをよく知らない「赤の他人問題」があることをグラッドウェルは指摘。

グラッドウェルは本書の中で、ある心理学者が提唱する「Truth-Default theory」「トゥルース・デフォルテ・セオリー」という言葉を何度も使っています。私達は赤の他人が本当のことを話していると、信じる傾向にある、という理論で、「信じること」が基本だからこそ私達の世界は協力しあえている、と。つまり私達が「嘘だ」と判断するには十分な情報が必要で、赤の他人であったとしてもデフォルテ(初期設定)で信用してしまうのです。

キューバのスパイもヒトラーもマドフも、彼等に関わった人達はデフォルテで彼等を信じてしまった。だから彼等の嘘を見破るのには、デフォルテを覆す情報が必要だったのです。

更にグラッドウェルは私達の表情について、アメリカの大人気ドラマ「フレンズ」をピースにパズルを進めます。「フレンズ」に登場する人物達は想定外の驚いたことが起こると、目を丸くし、口があんぐりと開いた表情をするのですが、グラッドウェルは「現実はフレンズみたいじゃないかもしれない」という可能性を探り始めます。

ドイツのある研究者が人間の表情について大規模な実験を行ったところ、想定外の驚いたことが起きた時に「フレンズ」のような表情をする人は、たったの5%に過ぎず、80%近くの人は無表情だったのです。私達が赤の他人の表情を見て、読み取ったと思っていた感情は、ただの思い込みだったのです!

そしてこのピースは更にパズルを展開させます。

アメリカの有名な冤罪事件の被疑者アマンダ・ノックス。彼女は殺人事件後の態度が変だったという理由で、イタリア留学中に殺人の容疑で刑務所へ入れられました。グラッドウェルは「態度が変だ、という理由は有罪の信用できる証拠にならない」と書いていて、「私達は赤の他人の考えは透けるように簡単に読めると考えながら、私達自身は赤の他人にとって不透明なはずだ、と考えているからだ」と。

つまり、表情や態度から赤の他人の考えていることを読み間違えることが、冤罪事件を生むだけでなく、取り調べや有罪を決定する裁判そのものへの大きな影響がある可能性をグラッドウェルは提案しています。

デフォルテで赤の他人を信用し、表情から赤の他人が理解できた、と誤解している私達にとって”安全な世界”を作り出しているのが「疑わしきは全て疑え」と訓練されいる裁判官や警察官なのだとしたら、サンドラ・ブランドは人種差別によって自殺したのではなく、”安全な世界”に住みたいと願う私達全員が生み出した犠牲者だったのかもしれない…と思いました。

本書は今までのグラッドウェルの作品と比較しても、驚くほど沢山のピースを集めていて、アメリカの読者の中には「何がいいたいのか分からない」と、かなり低い評価やレビューを付けている人もいます。飲酒が赤の他人同士に与える影響について書いている章は、私は全く共感できませんでした。

それでも本書が面白い!と思ったのは、グラッドウェルがパズルのピースを集め始める前に、こんな一節を書いていたからです。

If I can convince you of one thing in this book, Strangers are not easy.
もしこの本で私が誰かを納得させられることがあるなら、赤の他人は簡単じゃない、ってことだ

全てのピースが集まった最終章、グラッドウェルはサンドラ・ブランドはなぜ自殺したのか?そのパズルを完成させます。グラッドウェルが描くパズルをどう感じるかは人によって違うのではないかと思うのですが、ブランドの自殺だけでなく歴史的スキャンダルの真実を知ることで「赤の他人は簡単じゃない」という点においては、きっと誰もが納得できるんじゃないかなぁ、と思うほど、読み応えがありました。

私達は「赤の他人との会話」がうまく出来ない。

私達が赤の他人について知れることは、とても限られている。赤の他人について全てを知ることは出来ない。だからこそ、赤の他人と話す時はより注目深く、より謙虚になることで、赤の他人同士で繋がる多様な社会をより良くできる可能性がある、とグラッドウェルは提案しているように思います。



4月に邦訳版が出版される予定です。
















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