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品川暁子評 エドワード・D・ホック『フランケンシュタインの工場』(宮澤洋司訳、国書刊行会)

評者◆品川暁子
『フランケンシュタイン』と『そして誰もいなくなった』を組み合わせた近未来SFミステリー――一九七五年頃に予想した地球の未来像を知ることができて面白い
フランケンシュタインの工場
エドワード・D・ホック 著、
宮澤洋司 訳
国書刊行会
No.3602 ・ 2023年08月05日

■『フランケンシュタインの工場』は、一九七五年に発表されたSFミステリーだ。
 舞台は荒涼とした大地が広がるバハ・カリフォルニアの沖に浮かぶホースシュー・アイランド。だが、島自体はなぜか湿り気を帯びていてジャングルのように緑が生い茂っている。いかにも島には冷凍施設があり、その副次的な効果によってまったく違う気候がつくられていたのだ。
 この島の所有者は国際低温工学研究所(ICI)で、冷凍保存した多数の人体をカプセルに格納している。研究所代表のローレンス・ホッブズ博士は、ある実験計画のために医者たちを呼び寄せていた。冷凍保存していた肉体に移植手術を施したあと、解凍して生き返らせるのだ。
 島にいるのは十人。執刀医のエリック・マッケンジー、執刀補佐のフィリップ・ウォーレン、脳外科医のフレディー・オコナー、内科医のハリー・アームストロング、骨の専門家トニー・クーパーと女性化学者のヴェラ・モーガンの医療チーム。そのほか、後援者の老女エミリー・ワトソンと、メキシコ人の料理人ヒルダがいる。そしてコンピューター検察局(CIB)のアール・ジャジーン。
 コンピューター検察局は、アメリカ大統領に直属し、ニュー・テクノロジー犯罪を扱う。人体を冷凍保存するためには、遺族が何十年にもわたって多額の費用を支払う必要があり、詐欺などの犯罪の温床になりやすい。そのためCIBのジャジーンは記録撮影技師に扮して、潜入捜査を行っていた。
 冷凍保存されていた肉体は、三十年前に脳腫瘍で亡くなった青年のものだった。必要な臓器は六体の提供体から集めて移植する。脳もその対象だった。
 移植手術が成功し、最後に電気ショックを与えると青年は生き返った。ただし、意識がなく眠ったままだ。医師たちは施設を「フランケンシュタイン工場」と呼んでいたため、青年は「フランク」と名付けられた。
 翌朝、メンバーが食卓を囲んでいると、エミリー・ワトソンの姿が見えない。心配して探しに部屋に行くと、シーツに血がついており、エミリーは消えていた。警報装置があるため、島から出ることは不可能だった。
 ジャジーンは、エミリー・ワトソンの死体が人体冷凍保存用の空のカプセルに入っているのではないかと考える。だが、実際にカプセルを開けてみると、入っていたのはエミリー・ワトソンではなく別の死体だった。執刀医のエリック・マッケンジーが絞殺され、カプセルに入れられていたのだ。
 犯人はここにいる誰かだろうか? 外部からの侵入者だろうか? それとも、まだ意識が戻っていないフランクの仕業だろうか?
 メンバーがホッブズ博士に脳の提供者について問いただすと、フランクに移植した脳は、妻を殺した後自殺した中年男性のものだった。フランクには殺人者の脳が入っていたのだ。殺人者の脳が肉体を支配し、人を殺害する可能性はあるだろうか。
 その後、何者かによってモーターボートの底に穴があけられ、警報装置のワイヤーが抜き取られ、通信機器が破壊される。島は完全に孤立する。そして次々とメンバーが殺されていく。
 メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』と、アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』のプロットを取り入れていることは察しがつく。メンバーが少しずつ減っていく状況で、『そして誰もいなくなった』の真犯人を言及する登場人物も出てくる。
 誰もがそれぞれ殺人の動機があり、どの登場人物もあやしく思える。フレディー・オコナーとトニー・クーパーにはヴェラ・モーガンをめぐって決闘した過去があり、フィリップ・ウォーレンにはソ連のスパイ容疑があった。ホッブズ博士は何か隠している。
 意識が戻らず眠り続けるフランクの存在がなんとも不気味だ。ベッドから起き上がった姿を誰も見ていないが、意識が戻っていないふりをするのは可能だ。島にいる十人のほかに、生き返った人間が一人いる。そして蘇ったこの一人がどんな人物かわからない。通常の連続殺人事件なのか、人間が作り出した怪物が殺戮を繰り返すホラーなのか、目が離せない。
 本作は、西暦二〇〇〇年を少し超えたあたりの近未来が舞台のようだ。人類の月旅行は一九九〇年代末に終わり、エリック・マッケンジー医師は月に降り立った唯一の軍医と紹介されている。人類を火星コロニーに送る計画や、海上鉄道の話も出てくる。一九七五年頃に予想した地球の未来像を知ることができて面白い。
 エドワード・D・ホック(一九三〇‐二〇〇八)は一九五〇年代から短編を書きはじめ、長年短編ミステリーの第一人者として活躍した。短編の総数は九百五十編を超え、プロの雇われ泥棒、不可能犯罪スペシャリストの医師など、ユニークなシリーズ・キャラクターを数多く生みだした。
 本作は〈コンピューター検察局〉シリーズ最終長編で、本書が初訳。四十八年前に書かれたとはとても信じられない。
(英語講師/ライター/オンライン英会話A&A ENGLISH経営)

「図書新聞」No.3602・ 2023年8月5日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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