Yasushi Kaneko

青山ブックセンター「KOD(研究社オンライン辞書)を使った翻訳演習」の講師、金子靖(研究社編集部)です。同講座の補習のような形で始めた『図書新聞』そのほかでの書評演習。 本を書店で買って読む、論じてみる。 このことを一緒に考えたくて始めた補習です。

Yasushi Kaneko

青山ブックセンター「KOD(研究社オンライン辞書)を使った翻訳演習」の講師、金子靖(研究社編集部)です。同講座の補習のような形で始めた『図書新聞』そのほかでの書評演習。 本を書店で買って読む、論じてみる。 このことを一緒に考えたくて始めた補習です。

最近の記事

江戸智美評 ルシア・ベルリン『楽園の夕べ――ルシア・ベルリン作品集』(岸本佐知子訳、講談社)

ルシア・ベルリンによる万華鏡――本書の引力はとてつもなく大きい 江戸智美 楽園の夕べ――ルシア・ベルリン作品集 ルシア・ベルリン 著、岸本佐知子 訳 講談社 ■短篇集は隙間時間に少しずつ味わえるのでありがたいが、ルシア・ベルリンの場合は作品世界にどっぷり引きずり込まれてしまい、本を閉じて、さあ! と日常に戻ろうとしても簡単ではない。紙面の文字を追っているだけなのに鋭く五感を刺激され、現実との境界が曖昧になる。リアルな夢から醒めて、ここはどこ? と首をかしげたことはないだろ

    • 眞鍋惠子評 乙川優三郎『立秋』(小学館)

      風雅な趣の漆器が結んだ男と女の物語――信州からパリへ、二人のなりゆきはどこへ向かうのか 眞鍋惠子 立秋 乙川優三郎 小学館 ■きっかけは漆塗りの美しい盛器だった。乙川優三郎の『立秋』は、東京の資産家の男と塩尻の漆工の女の大人の恋愛を男性の視点から描く。  これまでも翻訳家や作詞家、コピーライター、小説家など「書く」職業の人物を描いてきた乙川の前作『クニオ・バンプルーセン』の主人公は、編集者だった。今回の主人公光岡は、親から譲り受けた不動産を管理するかたわら、気が向くと小説

      • 竹松早智子評 エミリア・エリサベト・ラハティ『「弱いまま」で働く――やさしさから始める小さなリーダーシップ論』(古賀祥子訳、KADOKAWA)

        「やさしさの力」によって導かれる世界 ストレスはたまる一方で、大半の人たちにとって世の中は生きづらいまま――この悪循環から抜け出すことはできるのだろうか 竹松早智子 「弱いまま」で働く――やさしさから始める小さなリーダーシップ論 エミリア・エリサベト・ラハティ 著、古賀祥子 訳 KADOKAWA ■社会で生きていくためには強くあらねばならない。そう考えている人は多いだろう。この場合の強さには、「厳しさ」を伴うことがほとんどだ。食事や睡眠の時間を削って休みなく働き、ミスなく

        • 綾仁美評 ユリア・ラビノヴィチ『あいだのわたし』(細井直子訳、岩波書店)

          戦争に自分の感受性を奪われないために――もうどうしようもない、という状況がやってきても、主人公マディーナは言葉を綴るのをやめない 綾仁美 あいだのわたし ユリア・ラビノヴィチ 作、細井直子 訳 岩波書店 ■戦争は一九四五年に終わった、と言われる。来年は日本が戦後八十年を迎える節目の年だ。ただそれは、一九四五年に第二次世界大戦が終わった、という意味でしかなく、実際にはその後も戦火が絶えない。今この瞬間もパレスチナで、ウクライナで、世界各地で、戦争や紛争が続き、多くの人々が故

        • 江戸智美評 ルシア・ベルリン『楽園の夕べ――ルシア・ベルリン作品集』(岸本佐知子訳、講談社)

        • 眞鍋惠子評 乙川優三郎『立秋』(小学館)

        • 竹松早智子評 エミリア・エリサベト・ラハティ『「弱いまま」で働く――やさしさから始める小さなリーダーシップ論』(古賀祥子訳、KADOKAWA)

        • 綾仁美評 ユリア・ラビノヴィチ『あいだのわたし』(細井直子訳、岩波書店)

          信藤玲子評 ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』(田村義進訳、文春文庫)

          翻訳ミステリーの巨匠が魅せる鮮やかな切れ味を堪能できる短編集――肝心の顛末を語らずに、どうやって物語を作りあげるのか? ぜひ実際に読んで確認してほしい 信藤玲子 エイレングラフ弁護士の事件簿 ローレンス・ブロック 著、田村義進 訳 文春文庫 ■「わたしは犯罪者の代理人にはなりません。わたしの依頼人はみな無実なのです」  詩を愛する洒落者の弁護士、マーティン・エイレングラフはいついかなるときもこう断言する。たとえ依頼人が人を殺した事実を告白しようとも、「あなたの思いこみ」と

          信藤玲子評 ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』(田村義進訳、文春文庫)

          田籠由美評 八島良子『メメント・モモ――豚を育て、屠畜して、食べて、それから』(幻戯書房)

          著者はなぜ豚を自分で育てて殺して食べようとしたのか――肉を食べる行為が宿す深い意味を追求しようとする熱い思いはしっかりと受け取ることができた 田籠由美 メメント・モモ――豚を育て、屠畜して、食べて、それから 八島良子 幻戯書房 ■■著者は、豚を育て、屠畜し、食べ、この一連の行動を自分のアート作品にして世に問うた。ちなみに「屠畜(とちく)」とは「食肉用の家畜を殺すこと」を意味するという。著者が自分で飼った豚を自分で殺して食べることになぜそこまでこだわるのか気になったので、本

          田籠由美評 八島良子『メメント・モモ――豚を育て、屠畜して、食べて、それから』(幻戯書房)

          眞鍋惠子評 リュト・ジルベルマン『パリ十区サン=モール通り二〇九番地――ある集合住宅の自伝』(塩塚秀一郎訳、作品社)

          パリの下町で名もなき無数の人々を見守ってきた集合住宅の物語――細い糸をたぐるようにしてたどり着いた二〇九番地の住人たち 眞鍋惠子 パリ十区サン=モール通り二〇九番地――ある集合住宅の自伝 リュト・ジルベルマン 著、塩塚秀一郎 訳 作品社 ■物語の始まりはネットで見つけた地図だった。一九四二年から四四年のあいだにパリから強制収容所に送られた子供の分布を赤丸で示した地図。そこに現れるひとつの建物が本書の主人公だ。タイトル『パリ十区サン=モール通り二〇九番地 ある集合住宅の自伝

          眞鍋惠子評 リュト・ジルベルマン『パリ十区サン=モール通り二〇九番地――ある集合住宅の自伝』(塩塚秀一郎訳、作品社)

          柳澤宏美評 ジョシュア・ハマー『ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ』(屋代通子訳、紀伊國屋書店)

          卵に魅入られた犯罪者――卵泥棒と彼を追い詰める捜査官を中心に、環境問題、アフリカ内戦、ブラックマーケット、博物学や鷹狩りといった歴史・文化の系譜までたどる力作 柳澤宏美 ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ ジョシュア・ハマー 著、屋代通子 訳 紀伊國屋書店 ■鳥の卵は生命の源ともみなされ、種類によって大きさ、色、柄などさまざまである。本書はそんな卵に魅入られた卵泥棒の犯罪をめぐるノンフィクションである。卵泥棒ジェフリー・レンドラムと彼を追い詰める英国野生生物

          柳澤宏美評 ジョシュア・ハマー『ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ』(屋代通子訳、紀伊國屋書店)

          竹松早智子評 デーリン・ニグリオファ 『喉に棲むあるひとりの幽霊』(吉田育未訳、作品社)

          「消去」に抗い、時代を越えて共鳴する声――救い出された一人一人の声が重なり合い、「女のテクスト」は壮大な文学作品を織り成していく 竹松早智子 喉に棲むあるひとりの幽霊 デーリン・ニグリオファ 著、吉田育未 訳 作品社 ■「これはある女のテクストである。」  この印象的な一文は、本作のなかで幾度となく繰り返される。テクストとは通常、文字で記録された書物や文献を指す。しかしこの物語で「テクスト」と称されるものはその限りではない。たとえば、女性によって口承されてきた詩歌や物語。

          竹松早智子評 デーリン・ニグリオファ 『喉に棲むあるひとりの幽霊』(吉田育未訳、作品社)

          品川暁子評 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『止まった時計』(夏来健次 訳、国書刊行会)ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1

          かつて一世風靡した美人女優を襲ったのは誰か?――犯人が判明したあと衝撃の真相が明るみに 品川暁子 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション <br>止まった時計 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ 著、夏来健次 訳 国書刊行会 ■ワシントンDCの閑静な住宅街、女性は自宅で何者かに襲われ、重傷を負っていた。犯人が殺し損ねたことに気づいて戻ってくることを恐れ、電話で助けを求めようとするが、もうほとんど力が残っておらず、意識も朦朧としている。現在はニーナ・スロークと名乗

          品川暁子評 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『止まった時計』(夏来健次 訳、国書刊行会)ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1

          永田和男評 ステファニー・グリシャム『ネクスト・クエスチョン?――トランプのホワイトハウスで起きたこと』(熊木信太郎訳、論創社)

          元側近が吐露するトランプ夫妻との愛憎とホワイトハウスの日々――自分だけが中心というトランプ氏の性格を浮き彫りにしている 永田和男 ネクスト・クエスチョン?――トランプのホワイトハウスで起きたこと ステファニー・グリシャム 著、熊木信太郎 訳 論創社 ■本書の帯に「トランプは大統領に返り咲くにふさわしい人間か?」とあるが、著者ステファニー・グリシャム氏(元ホワイトハウス報道官兼広報部長)の答えは「ノー」だろう。なにしろ本人は今年八月にシカゴで開かれた民主党全国大会で演説し、

          永田和男評 ステファニー・グリシャム『ネクスト・クエスチョン?――トランプのホワイトハウスで起きたこと』(熊木信太郎訳、論創社)

          眞鍋惠子評 井上荒野『猛獣ども』(春陽堂書店)

          別荘地での熊害事件、しかし本当の猛獣は別の場所にいた――語りの名手による七つのねじれた愛の物語 眞鍋惠子 猛獣ども 井上荒野 春陽堂書店 ■早朝、山あいに響く悲鳴を合図に物語の幕が上がる。八ヶ岳の別荘地内で、近隣の町に住む男女が熊に襲われて死亡した。この事件があぶり出すふたりの管理人と定住する六組の夫婦の多様な愛の形がつづられるのが、井上荒野の最新長編『猛獣ども』だ。  小松原慎一は、住み込みの管理人として三年前に東京から来た二十八歳。熊の事件当日に着任した小林七帆は、別

          眞鍋惠子評 井上荒野『猛獣ども』(春陽堂書店)

          上原尚子評 スーザン・マン『張家の才女たち』(五味知子、梁雯訳、東方書店)

          家族を支えながら自らの思いを詩に託した清朝時代の女性たち――不思議な本だ。研究書でもなければ小説でもない 上原尚子 張家の才女たち スーザン・マン 著、五味知子/梁雯 訳 東方書店 ■不思議な本だ。研究書でもなければ小説でもない。完全なノンフィクションではないがフィクションというわけでもない。この本は、一体どのジャンルに属するのだろう?   淡い桃色の背景に赤い提灯や扇があしらわれた優美な表紙を開くと、一枚の絵が現れる。〈隣り合った部屋で連句を作る〉ことを意味する、「比屋

          上原尚子評 スーザン・マン『張家の才女たち』(五味知子、梁雯訳、東方書店)

          品川暁子評 P・G・ウッドハウス『スウープ!』(深町悟訳、国書刊行会)

          イギリスに九か国が攻めてきた!――侵攻小説を揶揄したウッドハウスの幻の快作 品川暁子 スウープ! P・G・ウッドハウス 著、深町悟 訳 国書刊行会 ■十四歳の少年クラレンス・チャグウォーターは、ボーイスカウトの若き総長だ。つば広の中折れ帽、ネルシャツ、短パン、茶色のブーツというきちんとした身なりをしている。愛国心あふれる少年は、祖国イギリスの行く末を案じている。だが、家族が国防に無関心だ。父親はディアボロ(空中コマ)に夢中になり、兄はクリケットの記事を読みふけっている。家

          品川暁子評 P・G・ウッドハウス『スウープ!』(深町悟訳、国書刊行会)

          中井陽子評 ルイザ・メイ・オルコット『「若草物語」のルイザのヨーロッパ旅物語』(谷口由美子構成・訳、悠書館)

          一五〇年前の賑やかな女子旅――『若草物語』の著者が勧める自由な旅と経験への投資 中井陽子 「若草物語」のルイザのヨーロッパ旅物語 ルイザ・メイ・オルコット 著、谷口由美子 構成・訳 悠書館 ■本書は『若草物語』で有名なルイザ・メイ・オルコットが記したヨーロッパの旅物語『ショール・ストラップス』に、彼女の別の短編集に含まれるスイスへの旅の思い出を描いた一編を加えたものである。登場人物はお姉さん格のラヴィニア、美しいものに目がない絵描きのマティルダ、フランス語にもイタリア語に

          中井陽子評 ルイザ・メイ・オルコット『「若草物語」のルイザのヨーロッパ旅物語』(谷口由美子構成・訳、悠書館)

          吉田遼平評 フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史――ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』(ないとうふみこ訳、作品社)

          宇宙を目指す「われわれ」の過去、現在、そして未来――宇宙開発が転換期を迎えている現在、一つの「碑」のような書 吉田遼平 宇宙開発の思想史――ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで フレッド・シャーメン 著、ないとうふみこ 訳 作品社 ■一九六九年の夏、人類がはじめて月を歩いた。「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」というニール・アームストロングの言葉とともに、人類の長年の夢が実現し、その栄光の瞬間は歴史に刻まれた。一方でそこに至るまでの過程で生

          吉田遼平評 フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史――ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』(ないとうふみこ訳、作品社)