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田籠由美評 斎藤環『「自傷的自己愛」の精神分析』(角川新書)

評者◆田籠由美
自分を大切にできないあなたへのエールとなる一冊――「健康的な自己愛」の回復を促す
「自傷的自己愛」の精神分析
斎藤環
角川新書
No.3582 ・ 2023年03月11日

■本書は「ひきこもり」を専門とする精神科医、斎藤環の最新刊である。著者によれば、現代の日本社会の「自己責任」の空気は、あるべき自分から見てダメな自分を責める「自分が嫌い」と言う人を増やしている。だが、自分自身について考えること自体が自分への強い関心の表れで「自己愛」の一つの形なので、こうした自分を傷つける自己愛を、著者は「自傷的自己愛」と名付けた。
 また、自傷的自己愛の持ち主のなかにはひきこもり状態になっている人もいる。ひきこもりは個人的要因よりも社会や文化といった背景要因が大きいので、誰にでも何歳でも起こりうると著者は警鐘を鳴らす。学生時代の著者自身も他者とのコミュニケーションが苦手なコミュ障で、もし学校において自然発生するスクールカーストと呼ばれる生徒間の固定的な序列が当時もあったとしたら、間違いなく下位に属する陰キャだったという。そんな自身の体験や、精神科医として長年続けてきたひきこもりの人々の支援や研究に基づいて執筆されたのが本書である。過去の自分自身のかっこわるい姿を正直に語る著者の真摯な態度や自傷的自己愛から抜け出すためのアドバイスの数々は、心の袋小路に迷い込んで苦しんでいる人々にとって大きな励ましになるにちがいない。
 いまの世の中ではひきこもりをはじめとする自傷的自己愛に苦しむ人々は自分たちを被害者として認識しにくいが、実際には不登校やひきこもりの多くは、いじめ、ハラスメント、ブラックな労働(または学習)環境などの「異常な状況」への被害者の「まともな反応」であると著者は指摘する。この視点は、悩める多くの人々にとって救いになるのではないだろうか。自分が弱いから悪いのだと思い込んで自責の念にかられている人々に、あなたは悪くないと言っているのだから。
 だが本書はそれだけでは終わらない。苦しい現状を好転させるためには、あなたも変化が必要ですよと励ます。自傷的ではない「健康的な自己愛」の回復を促しているのだ。それでは、健康的な自己愛を育むためには具体的にどうしたらよいのだろうか?
 本書は、自傷性を緩和して健全な自己愛を取り戻すために五つの方法を示している。「尊厳を傷つけられない環境に身を置くこと」、「家族以外に親密な対人関係をつくること」の二つは、読者も容易に理解できるだろう。しかしそれ以外の、「健全な被害者意識を持って損得勘定を考慮した話し合いをすること」、「好きなことを楽しむこと」、「身体のケア(オシャレを含む)をすること」などは、思いもよらない人がいるかもしれない。小さな実例を挙げれば、家のなかで自分のお気に入りのスペースを確保するために家族と交渉したり、大好きな趣味を心ゆくまで楽しんだり、自分がいいなと思う服を買って身に付けたりすることだと思う。
 そして、著者はそれらすべての方法の基本として、「他者に配慮しつつ、自分の言いたいことはしっかりと言う」姿勢を重視している。この配慮と主張のバランスは経験と場数を踏んで学んでいくしかないもので、その積み重ねが「新しい自分」につながるという。時間がかかるかもしれないが、一歩一歩自分の足で進むのだ。著者からの提言は、対人コミュニケーションでストレスを感じやすい多くの人々にとって、自分らしさを大切にしながら他者との折り合いをつけて社会で生きていくための指針となるはずだ。必要な人のところに本書が届くことを切に祈る。
(翻訳者/ライター)

「図書新聞」No.3582 ・ 2023年03月11日(日)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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