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中井陽子評 エドワード・ケアリー『B:鉛筆と私の500日』(古屋美登里訳、東京創元社)

評者◆中井陽子
一枚の画が描ければ次も必ず描ける――描き続けていれば、きっといつかは幸運が訪れ、再び自由の身になれる
B:鉛筆と私の500日
エドワード・ケアリー 著、古屋美登里 訳
東京創元社
No.3609 ・ 2023年10月07日

■二〇二〇年の春から猛威を振るった新型コロナウイルス感染症。パンデミックと外出制限の最中に感じたこと、身の周りで起きていたことについては、世界のどこに住んでいても皆それぞれに語るものがあるだろう。作家でイラストレーター、彫塑家でもあるエドワード・ケアリーは、ロックアウトの期間中、毎日欠かさず一枚の画を描いてSNSに投稿すると決めた。やがてそれは不安な日々を送る人々の楽しみや励ましとなり大きな反響を呼ぶ。その五百点に及んだスケッチ画と同時期に書かれたエッセイ三六編を収めたのが本書『B‥鉛筆と私の500日』である。
 タイトルの『B』は、ケアリーが愛用するトンボ鉛筆のB。本扉のタイトル下には、極限まで削り使い切ったトンボのBのスケッチがそっと添えられている。次のページを占めるのは、アンティークの美しい絵皿にそのとても短いトンボ鉛筆がこんもりと盛られた写真。百本ほどあろうか。五百日を共に過ごした相棒たちだろう。「私にとってトンボ鉛筆のBは、ワーズワースにとっての黄水仙」、「私は自分にがっかりすることがある。……しかし、トンボ鉛筆のBにはがっかりすることがない」――ケアリーらしい、道具や物に対する真摯な愛情だ。
 ケアリーは二〇〇〇年に長編作『望楼館追想』で鮮烈な小説家デビューを果たした。綿密な状況描写を背景に登場人物の孤独と物への偏愛が渦巻く物語。その本の表紙やページにケアリー本人による挿画やオブジェが飾られることで、唯一無二の世界が完成する。〈アイアマンガー三部作〉、マダム・タッソーの生涯を描いた『おちび』、ピノッキオの父親ジュゼッペの物語『呑み込まれた男』と、近年順調に新作を発表しファンを増やしている。本書『B』は、そんな作家の普段の生活や物の見方を垣間見ることができる初のスケッチ集。鬼才ケアリーはコロナ禍に何を感じ、どう過ごしていたのだろうか。
 描かれた五百点は偉大な芸術家や身近な人物、鳥や動植物、架空の生き物など様々。ケアリーの創造力を支える教養は実に幅広い。作家の尽きない想像の翼は時空を超え、過去と現在を俯瞰する。一枚目はこちらを強くまっすぐに見据える「決然とした青年」。一年間描き続けると決意したケアリーの気持ちが乗り移った架空の人物だ。この青年は百日目に再登場し、以降最後の五百日目まで五十日おきに作家を鼓舞するように現れる。そのときどきの世相や作家の心を映しながら変わってゆく容貌をぜひ堪能してほしい。
 描くことが辛いときも立ち止まることなく、自己対話を繰り返しながら、時には投稿への感想やリクエストに励まされながら、日々一枚一枚描き進んでいく様子には誰もが共感するだろう。ありのままの画と文章から誠実な人となりが伝わる。共に追体験することで、読者もそれぞれにあの時期に感じた大切なことを思い出すかもしれない。
 ケアリーは一九七〇年にイングランド東部のノーフォーク州で生まれた。代々海軍将校を輩出する名家の出身で、寄宿学校から海軍学校に進んだものの、途中から芸術を志すようになった。現在は米国テキサス州オースティンに家族と暮らし、大学で創作も教える。パンデミックが起きた二〇二〇年三月、ケアリーはロンドンに滞在していた。予定を変更して急遽テキサスに戻ったが、生まれ育ったイギリスに心を残していた様子が本書の随所に感じられる。一年以上経ってようやく再訪が叶い、ノーフォークで母親と過ごしたあと、五百日前の振り出しの地ロンドンに戻ってこの記録は終わる。このとき故郷を描いたスケッチの数々からは、ケアリーの気持ちの高まりが伝わってくる。長く暗い日々を相棒の鉛筆と乗り越えた先で、何度も見た風景、昔の記憶、記憶を含んだ古い物が、また新たな彩りを持って作家に訴えかける。これまでとは少し違う世界を見たケアリーの新しい物語がますます楽しみになる。
(英語教員・翻訳者)

「図書新聞」No.3609・ 2023年10月07日(土)に掲載。http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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