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眞鍋惠子評 アマンダ・ゴーマン『わたしたちの担うもの』(鴻巣友季子訳、文藝春秋)

傷ついても前進するために――未来を信じる詩人は言葉で戦い続ける

眞鍋惠子
わたしたちの担うもの
アマンダ・ゴーマン著、鴻巣友季子訳
文藝春秋

■二〇二一年一月二〇日、米国首都ワシントンの連邦議会議事堂にアマンダ・ゴーマンはいた。ジョー・バイデン第四十六代アメリカ合衆国大統領の就任式で自作の詩「わたしたちの登る丘」を朗読するためだ。詩中に込められた、アメリカの団結を促し分断を修復するために共に立ち上がろうと呼びかけるメッセージは、多くの人に感動を与えた。
 大統領就任式で詩を披露する詩人の最年少記録を塗り替えたゴーマンは、当時二十二歳。十七歳で処女詩集を自費出版し、ハーバード大学入学後に全米青年桂冠詩人プログラムの初代受賞者となった。現在は詩のリーディングツアーを行うなど、活躍の場を広げている。
 そんな彼女の第一作品集が詩集『わたしたちの担うもの』である。ページを開くと、まず目に飛び込んでくるのはさまざまな並びの文字列だ。通話アプリのフレームに分かれて入っているような詩、円や壺やクジラの形を作るように文字が並んだ詩、実在の軍人の書いた日記の空白ページをスキャンしたものに印刷された詩。黒いマスクの形の中に白抜きで詩が書かれたページもある。七つある章のひとつ「怒りと信念」の章では、文字がアメリカ国旗のデザインを形作る最初のページの地の色は黒。一ページごとに少しずつ黒の色合いが薄くなって、白抜きだった文字が途中で黒に変わる。章の最後のページは普通の白いページ。地の色が薄くなるにつれ、詩の内容もだんだん明るくなるのだ。読者は手にした詩集を縦に持ち替えたり、図形を眺めたりしながら、多様なビジュアルにこめられた著者のメッセージを受け取ることになる。
 多く詠われるのは、失われたもの、傷ついたものへの悼みと、再生へ向かう決意。コロナ禍や戦争、環境破壊、人種差別や奴隷制度が取り上げられる。
  
  わたしたちはいまではよくわかっている/ 白人至上主義/ 
  &それが要求する絶望は/ どんな病気よりも破壊的だって。/ 
  だから あなたの怒りは反動的だと言われたら、/ 
  思いだしてほしい。怒りはわたしたちの権利だということ。/ 
  もう戦うべき時だと告げているんだ。
                         「怒りと信念」より

  この共和国は育ちがいかがわしい。/
  銃&病原菌&土地と命の横奪から成る国だ。/
  おお 見えるだろうか/ わたしらの立つ血だまり、/
  ぬらぬらと血の色に輝く星のごとく/
  足下で光っている。
                     「ある国における真実」より

 時に激しい言葉で、時に新しい表現方法を模索しつつ、あがいたり涙を流したりしながら、ゴーマンは希望を求めて言葉を紡ぐ。「痣」「痛み」「重荷」「苦悶」「荒波」「喪失」「瓦礫」「摩擦」「暴動」「孤独」……。挙げられる苦難は生半可なものではない。しかし傷みが大きければ大きいほど、苦しみが深ければ深いほど、生き延びようと試練を跳ね返す力は勢いが増す。

  人びとがこれほどしっかり繋がれたことはない。/
  問題は、わたしたちがこの未知のものを乗り切れるかどうかではなく、/
  この未知のものをいかにして共に乗り切るかだ。
                          「朝の奇跡」より

  そう、言葉は/ 錨をおろし&損なわれずにいることのしるし。/
  奮い立ち咆哮せよ。/古代のけものたちのように。
                  「これまた船にかんすること」より

  わたしたちは無理をしては&無残に墜ちる、/いつかは帰る土の上に。/
  &だとしても、わたしたちは怯まない。/生まれ変わったこの一日だけでも、/
  自分たちの人生をとりもどそう。
                     「索具、あるいは贖い」より

著者が就任式で朗読してから約三年半が経つ。米国では今、ホワイトハウスの次の主の座を巡って、戦いが熾烈になっている。

  だから、この国を受け継いだときよりよい国にして/
  後世に受け渡していこう。/
  ……
  光はきっとどこかにあるのだから。/
  わたしたちに見る勇気さえあれば、/
  わたしたちに光になる勇気さえあれば。
                    「わたしたちの登る丘」より

 詩集の最後におさめられたこの詩の言葉を、ワシントンの彼らは覚えているだろうか。
 (翻訳者/ライター)

「図書新聞」No.3654・ 2024年9月7日号に掲載。https://toshoshimbun.com/
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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