事実は小説より奇なり
2年前の出来事から私が人として親として気づいたことが多々ありました。
そこからいろいろと私の学び直しが始まりました。
目覚めた彼女は別人だった
ホラーではないけれどそれに近いかもしれません。
逃亡劇後 変なスイッチが入って胸の内を泣きながら吐露し続けた次女は、今まで何をやってもうまく行かなかったことや もう何も出来ないし 何もやる気もない等々いろんなことを喋り続るのを聴いてて涙が止まらなく、あまりにネガティブか止まらないで悲しいを通りすぎて笑ってしまうと彼女もつられて笑っていて、たぶん自分でも話が止まらないほどここまであまりに嫌なことだらけだったということに笑えてしまったのだと思う。そんな姿にちょっとホッとしたりして、
朝になってしばらくすると疲れたのか、うつらうつらしてきてお互い眠ることにしました。
娘が眠るとホッとしました。
安心したのも束の間、目が覚めるとまた元のように喋れずにいるのでは
もっとうつ状態が酷くなってないか、心配がまた胸をよぎります。
良い方に考えれば 喋れるようにり、胸中を吐き出せて少しはよくなっているのでは、元のようになっているのではないかという期待もありました。
当日は土曜日で人数の少ないシフトに入ってましたが無理言って休むことにしました。
そして目覚めた彼女は少なくとも前日とは全くの別人で
私の知る次女とは別人がそこには居ました。
これが躁状態なのか
起きてきた次女の顔はうちに戻ってきてから初めてみるようなさっぱりとした表情で「おはよー〇〇ちゃん(娘の愛称愛称)だよー」と顔を見せました。歩き方も少し背骨と膝が伸びて元気な感じになっています。
しかしこの時点で、この喋り方に違和感を覚え、”これって躁鬱の”躁”なのか?” ”躁状態ってこんな感じになることもあるのかなぁ?”という疑問がありましたが、目の前の元気に話し動く次女の姿を見て、”少しは良くなってる”と思いました。
そして食事を摂ると夜中に廊下に置かれた障害物を、次々に「こんなところにこれがあったら邪魔でしょ、危ないでしょ」と彼女はテキパキ片付けていきました。
内心は ”いやいや 誰のために置いたと思ってんだよ”と突っ込みながら、彼女の変化に驚くしかなかったです。
まるで子供
それからの彼女の様子は目まぐるしく 元気なのでいつもの調子で接すると急に怒って泣き出したり、うつ状態になって塞ぎ込んだり、同じように接していてもそのときの彼女の状態で反応が違うので、わりと刺激しないように気をつけながら接するようになりました。
元気な時は はしゃいだり、怒ったり、何かをしようと思いついたらすぐにそれをせずにはいられないといった感じで、まるで子供のようでした。
ただ、子供のような次女を見て、実際に子供の時にこんなだったかと思うと違うような気がして、私の忘れてしまった娘の姿なのか、知らなかった姿なのか、私の思っていた次女の姿はそこにはなく とにかくどこからきた子なのかと思うことが多々ありました。
そんなまるで知らない子のとの日々がこれから始まりました。
私自身の人生はこんな珍道中だらけだな なんて思いながらの
孫の世話をするであろう時期に自分の子育てし直しが始まるのでした。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます。