かいてみんとてするなり
ウェブに長年日記を書いている。
手元には2003年に開設したアメーバブログからの記録しか残っていないが、まだスマートフォンじゃなかった時代の携帯で作成できるホームページサービスのようなものに書き始めたのが最初なのでもう18年くらいになる。
一日にふたつも書いている時もあるし、やたらと夢想的だったり詩的だったり感傷的だったりして今読むと非常に恥ずかしい。
けれど、ときどき自分が書いたとは思えないほどにみずみずしかったり、いくつもの感覚を飛び越えたことが書かれていたりする。
その時にしか記せない文章というものはあるのだなと思う。
書き始めた時のことを覚えている。
親にも友だちにも会えず、とても踊れる状態でもなかった。
会社にだけはきちんと出かけた。いつも誰に対してもにこにこと元気で、会議が長びいていると良いタイミングでお茶を出して和ませる。緊急の仕事にもほいきたとすぐに処理ができる。事務所を訪ねてくるひとはみんな私におやつをくれた。
けれど会社から帰ると押し黙って電気もつけず、暮れてゆく夕方ばかりを見ていた。
会社に毎日行けることだけが世界との接点で、それだけが自分をじぶんのまま踏み止めさせてくれた。
その毎日から逃げ出さないといけないことをわたしは分かっていなかった。
その時に書かれた日記は日常のつらさに一切触れていない。
現実逃避の場所だったからというだけではない。完全に匿名で書いていたので友人に読まれる危惧をしたわけでもない。
なにかを言葉にして残すということのなかに、ひとりのにんげんの些末な濁りを入れたくなかったのかもしれない。
踊るということをほんとうに私はわたしひとりでやっているのか、というような感覚と近いものか。
ふと、カナダで書いたのであろう日記のタイトルが目に飛び込んでくる。
7年前の日記はまだ読む気になれない。
あの日々のなかで日記を書いたとはとても信じられないのだけれど、どうやら書いているらしい。
ちらりと目に入った文章を読んで思わずお腹が冷えた。
なにかが粉々になったままだった。
でもそれをなんとかして包んでしまえることも知っていた。
どれだけ醜さを知ればいいんだろう?
なぜいつまでも私の一部は変わらないんだろう?
わたしが何を思い、どうなっても、誰にも関わりがない。
どこからも、遠すぎる。
断絶にはひょいと足を踏み入れることができるのだと知った。
簡単に、
それでね、と、毎日の続きのように。
吹きちぎられそうな風のなかで、
ちりばめられた宇宙をとびながら、
わたしは連れ戻された。
思い出した景色があって、その時わたしは、生まれては消滅しまた生まれてくるその永遠のほとばしりを静かに見ていたのだった。
繰り返されるそれには意味がなかった。
生にも死にも、ただそこには光と躍動と変化があるだけだった。
いやいや、お腹は冷えたがなんか顔はかーっとなるな(恥ずかしさで)。
昔の日記なんていつだって恥ずかしいよ。
それなのになんで書いているんだろう。
特に読み返すこともないのにな。
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ひどく特殊な状況に置かれたときに始めたことが、今の自分を構成している…というかそれになんとかしがみついてきて今の自分がある、というような実感がある。
やっぱり私は危機を迎えた時、死に近づいた時にぐんと伸びるタイプなんだな。