就労Bが「支援の質」を計測・改善するためにしている12のこと【福祉×カスタマーサクセス】
福祉業界では「良い支援をしよう」「支援力を高めよう」という言葉をよく耳にします。一方で、「支援の質」を計測し、改善するのは難しいです。
このnoteでは、2023年9月に開所したIT系の就労継続支援B型「パパゲーノ Work & Recovery」で、支援の質を計測し、改善するために実践している考え方と仕組みを紹介します。地味ですが、パパゲーノが1番こだわって試行錯誤している「支援業務の裏側」です。開所時に運営業務の設計について参考になる情報があまりなくて困ったので、1つでも参考になることがあれば幸いです。
「パパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)」の支援現場を見てみたい!という方は上記のWEBサイトから気軽にお問い合わせください。いつでも歓迎します!
支援の質とは何か?
みんな「良い支援」をしたい想いはあっても、人によって「良い支援」や「支援力」の定義は異なります。最も難しいのは、利用者によって求められる支援が異なるということです。闇雲にがんばったのは良いけど、「あの対応で良かったんだろうか?」となりがちです。
そのため、1人の視点や単一の指標に依存せず、「現状をリアルタイムに可視化し、改善し続ける仕組み」こそが支援の質の高さを実現する最低条件だと思っています。「PDCAサイクルを回す」という仕事の超基本です。
支援=カスタマーサクセス
福祉施設の支援(ソーシャルワーク)は、ビジネスの世界で「カスタマーサクセス(CS)」と言われている概念と酷似しています。福祉施設における支援者の役割は、利用者さんの課題を特定し、目標と計画(個別支援計画)を立て、目標の達成へ導くことです。顧客の成功が持続的な事業の運営と直結するので、まさにカスタマーサクセスの考え方や方法論が活用できます。
半自動でPDCAが回る仕組みを作る
利用者さんが自ら課題に気づき目標を達成できるよう促す
利用者さんの現状と支援(介入)をできる限り数字で評価する
トリガーと行動の方程式を作る(もしAが◯点だったら、Bをする)
1:1のコミュニケーションと1:Nのコミュニケーションを使い分ける
具体的には上記のような考え方に基づき、福祉施設のオペレーションを設計しています。
ちなみに、僕はよく「IT企業出身だから、IT系の就労Bを運営できているんですね」と言われるのですが、これは間違いです。実際は「カスタマーサクセス出身だから、就労Bを運営できている」というのが大きいと思っています。CS出身の人は福祉施設運営に向いている気がします。
(↑CS界隈でバズったnote)
業務(オペレーション)の全体像
はじめに、「パパゲーノ Work & Recovery」の業務(オペレーション)の全体像を整理します。この中でも、どの事業所でもすぐできる12の仕組みをこのnoteでは紹介していきます。
毎日やること
朝会(当日の面談や来客スケジュール確認)
iPadでの打刻
体調チェック
日報
支援記録
夕会(支援記録の共有、翌日の作業決定)
毎週やること
スタッフ同士の1on1
毎月やること
利用者との面談(2on1)
人によってはアセスメント・個別支援計画作成
月次の振り返りと翌月の目標アンケート回収
ケース会議(スタッフのミーティング)
工賃計算・明細発行・支払い
国保連への訓練等給付の請求
顧客企業への請求
賃料やLITALICO仕事ナビ掲載料などの支払い
従業員の給与計算・支払い・eLTAXで住民税支払い
freeeへの記帳
業務管理システムの設計
パパゲーノ Work & Recovery(就労継続支援B型)の支援記録関連のオペレーションの全体像は下図の通り。ちょっとわかりにくいので、興味ない方は飛ばして【1】〜【11】の具体的な施策を読んでください!
Discord(チャットツール)
Googleフォーム/Googleスプレッドシート/GAS
Open AIのWhisper(音声文字起こし)とGPT4(LLM)
この3つを主に活用しています。DiscordとGoogle周りは無料でも作れてすぐ導入できるので参考になるかと思います。Open AIのWhisperとGPT4は従量課金ですが、そこまで高額ではないです。
開所から6ヶ月の間に試行錯誤を重ねて、不便な部分や運用が思ったより上手く回らなかった部分の改善を重ねています。
ちなみに、通所記録周りはすごくシンプルなので、GASで自社開発したアプリでiPadで打刻した「出勤時刻」「退勤時刻」をもとに、工賃計算/明細発行を繋げるのと、国保連請求を繋げています。
【1】NPS(ネットプロモータースコア)
開所初月から継続してやっているのが月次の利用者さんからのフィードバック回収です。「パパゲーノ Work & Recoveryで働くことを他の人に勧めたいと思いますか?」という設問でNPSも計測しています。
NPSの集計自体はそこまで重要ではなく、大事なのは個々のスコアの変化に気づき、すぐに改善することです。NPSに大きな変化があった方には個別に声かけしています。
利用者の意見をすぐに反映する
NPSでは色んな意見を毎月もらいます。
BGMをかけてほしい
乾燥してきたので加湿器がほしい
もう少し喋りかけてほしい
今の作業に飽きた
動画編集の仕事がしたい
スタンディングデスクで時々作業したい
など、人によって様々です。意見をもらったら、すぐに声をかけます。「さっきアンケートで回答されていたことについて、詳しく教えてもらえますか?」と。全ての要望を叶えられずとも、改善案を考えすぐに実行に移していきます。
いずれにしても、支援の受益者である利用者さんの声に耳を傾けることは何より重要です。
良い支援による売上を分ける
就労支援系の事業所には訓練等給付の売上が毎月着金しています。そのうち「良い支援ができた売上」と「そうではない売上」を切り分けて現状把握できると、良い支援の度合いを増やしやすくなります。
簡易的にですが「パパゲーノ Work & Recoveryで働くことを他の人に勧めたいと思いますか?」という設問に回答してもらうだけでそれができます。毎月1分ほどの作業です。現状を正しく毎月把握することで、支援の質に満足し、口コミを広げてくれる人を増やしていくことができます。(※もちろん「良い支援=利用者が口コミを広げる支援」とは必ずしも言えません。あくまで1つの観点です。)
ちなみに、NPSについて詳しく知りたい方は「ネット・プロモーター経営」を読むのがおすすめです。(こうやって「おすすめする」という行動は、本当に良い本だと思ってないとしないものです)
【2】月次の目標設定
福祉の制度では、個別支援計画による目標を立てて半年に1回振り返ることになっています。半年は流石に長いので、日々の忙しさに追われると利用者本人も支援者も目標を忘れてしまいます。そのため、毎月の目標設定を前月の振り返りと一緒にしていくのが良いかと思います。
例えば、「今月は5日間午後の2時間通所することができた。来月は週2日安定して午後に通所して8日間来れるようにしたい。」など通所日数/生活リズム面の目標もあれば、「Discordでテキストベースの報連相を適切にとり仕事できるようになりたい」「Canvaでのデザインスキルを高めたい」「Pythonでスクレイピングができるようになりたい」「ChatGPTとMidjourneyを使ってオリジナルの絵本制作を進めたい」など、ITスキル・就労スキルに関する目標もあります。
毎月自分で目標を立てて、自分で振り返ることを習慣化することで、個別支援計画で立てた目標の達成に、利用者と支援者が目線を合わせて臨めることが理想です。
【3】iPadでの打刻
就労継続支援B型の場合、生活リズムの安定を目標に通所している利用者さんも多いです。月8日通所する予定が、今月は2日しか通所できなかったということもあります。そのため、通所の記録が支援のPDCAサイクルを回す上でも大切な情報になります。
利用者さんが通所したら、まず入口のiPadで打刻してもらっています。退勤時にも退勤打刻をしています。元々はハーモス勤怠の無料版を使って、iPadで打刻できる仕組みを作っていました。30名までは無料で使えます。パパゲーノでは30名になるまではハーモス勤怠を使い、30名以上のアカウントが必要になったタイミングでGAS/Googleスプレッドシートを使って打刻システムを自社開発して利用しています。就労継続支援B型事業所の通所記録の管理は非常にシンプルです。「出勤時刻」と「退勤時刻」があればどんなシステムでも運用できると思います。
【4】体調チェック
毎日Googleフォームを使って、通所した利用者さんに体調チェックを回答いただいています。項目はとてもシンプルです。Googleフォームを使えばすぐに無料で実現できるのでおすすめです。
今日の体調(5段階評価)
コメント(スタッフへの共有事項)
体調チェックの回答結果は、GASを使ってDiscordに即時通知してスタッフが気付けるようにしています。今日の体調が「2」以下だったら、個別にスタッフから声かけるするというトリガーと支援者の行動の方程式を作り、体調不良の利用者さんのケアを見逃さないようにしています。
【5】日報
仕事が終わったら、退勤前に日報をGoogleフォームで回答いただいてます。紙の日報を書いてファイリングしている事業所もありますが、即時にスタッフから声かけできず、検索もできないので、デジタル化するのがおすすめです。Googleフォームを使えばすぐに無料で実現できます。
【6】今日の担当業務一覧
就労継続支援B型では、1日10〜20名の利用者さんが来て仕事をします。それぞれ「得意なこと」「苦手なこと」「挑戦したいこと」は異なるので、個別に担当業務を割り振っています。
次の通所日に誰がどの仕事をするかを夕会でスタッフが議論して決定しています。元々はGoogleカレンダーで管理していたのですが人数が30〜40人になると運用が厳しかったので、以下のようなGoogleスプレッドシートに移行しました。
スタッフ側は上記の画像のようにずらーっと表示されていますが、利用者さんには自動的に1日単位で表示するGoogleスプレッドシートを別で用意して、「今日の仕事が何か」を通所したらすぐに確認してもらえるようにしています。
【7】支援者が記入する支援記録
日々利用者さんの状況は変化していきます。そのため、毎日気づきをメモしてスタッフ間で情報共有することが良い支援を提供し続ける上では大切になります。こちらもGoogleフォームで実現しています。即時にDiscordに通知されるため、スタッフ全員がリアルタイムに利用者の機微を把握し、コミュニケーションの連続性を高められる連携体制を構築しています。
開所から6ヶ月ちょっとで、1103件の支援記録が溜まっています。定期面談や担当者会議の記録はもちろんですが、スタッフの観察による記録も26.4%あるのが特徴の1つかなと思います。
支援記録の元となったコミュニケーションの手段については、対面が69.4%ですが、電話も22%と多いです。
運用してみると特定の利用者さんについては、多くの利用者記録のレコードが残るものの、一部の利用者さん(特に、日々大きな問題が生じていない利用者さん)についてはほとんど回答がないということが起こりました。そのため、レコード数を自動集計してケース会議の際に振り返り、あまりにも記録数が少ない人がいないかを確認できるようにしています。
【8】定期面談(2on1)
通所頻度などによりけりですが、最低でも月に1回、原則2週間に1回ほど定期面談をしています。サービス管理責任者と支援員の2名が同席して面談することで、生活面と就労面の変化を総合的に共有し相談できる場を作り、支援方針のすり合わせをします。
面談記録を毎回残すのは大変なので、音声をスマホで録音してAIによる文字起こしと要約記録ができる「AI支援さん」というアプリを自社開発して利用しています。「AI支援さん」は無料トライアルしていただける方を募集中なので、詳しくは以下よりサービス資料を見てみてください!
【9】電話と面談の録音
企業ではサービス品質の改善のためにも、ハラスメント対策としても、1on1や電話の録音が常識になりつつありますが、障害福祉の業界ではまだ浸透していないのが現状かと思います。
就労継続支援B型などの福祉施設では、電話で遅刻・欠席の連絡や、突然の相談が来ることも少なくありません。また、計画相談などの関係機関からは電話が良く来ます。電話で見学希望のお問い合わせが来ることも多いです。そのため、パソコンで電話ができるサービスを利用して電話も全て録音しています。「見学の希望が来たけど日時を忘れてしまった」という時は、電話を聞き直せばすぐにわかります。利用者さんからの電話で「いつもと様子が違う」と気になった際や、利用者さんといちスタッフの間で揉め事が起きた際も、他のスタッフが録音を聞くことで必要な対応をチームで考えることができます。
(余談ですが、FAXも紙で受け取るのは記録が残らず危険なので、eFAXを使ってメールでPDF受領するようにしています。あと、メールとかで氏名を「田◯康◯さん」みたいな感じで虫食い表記する不思議な業界ルールがあって、最初びっくりしました。)
↑電話もFAXも使い勝手はそこそこですが、安いので上記サービスを使っています。超おすすめ!という感じではないですが必要充分です。
【10】毎日の朝会・夕会
スタッフのみで、毎日、利用者さんが来る前の時間で9:00〜9:15頃に朝会をしています。朝会では今日の面談や来客の確認をします。9:30になると利用者さんが出勤してきます。
利用者さんが退勤した後に、17:00〜17:30の時間で夕会をしています。夕会では支援記録の情報共有と翌日の仕事配分の決定を主にしています。夕会が1時間くらいに伸びがちなのが最近の悩みですが、効率化しすぎて定性情報の共有度合いが薄まるのも微妙なので無理に短縮もせずに今のところはやってみています。(とはいえもっと短縮はしたい。。)
【11】月次のケース会議
月に1回スタッフのみの「ケース会議」をしています。夕会を長時間やるようなイメージで1時間30分ほど時間をとっています。
月次のNPSや目標の確認
個別支援計画の検討(新規/更新)
特に議論すべき論点のある利用者さんの支援方針の検討
工賃時給変更の検討
などが議題になります。毎日の夕会では「今日と明日の話」がメインですが、ケース会議では「中長期的な視点」での議論をします。
【12】関係機関への情報共有
利用者さんが事業所にいる時間は限られています。グループホームや家族と過ごす時間の方が長い方も多いです。定期的に主治医やカウンセラー、計画相談、自治体のケースワーカーとも話しています。支援の質を高める上では、これらの関係者と月ごとに足並みを揃えPDCAを一緒に回せる体制が重要です。そのため、関係機関に半自動的に月次のレポーティングができる状態を作りたいと思っています。(※現状は、連携の緊急性や重要度が高い方のみ、都度連絡をしていて定期連絡はできていません)
今月の目標と振り返り、翌月の目標
通所日数、欠席・遅刻の数
毎日の体調チェック
毎日の日報
支援の記録、面談記録
上記の項目は毎月蓄積されていくため、このデータを「利用者カルテ」として利用者本人、関係機関と共有できるようにPDFで書き出して、毎月半自動で通知できるようにしたいです。
毎日、毎月、支援のPDCAを回そう!
「科学的介護」という言葉が介護分野では良く耳にします。ですが「科学的福祉」という言葉はほとんど聞きません。それは、支援の個別性があまりにも高いからだと思います。それだけシンプルに語れない複雑性が障害福祉にはあります。だからこそ、利用者さんの機微に気付き、毎日支援のPDCAを回すことができる体制が求められているのではないかと思います。僕らも道半ばですが、開所からの6ヶ月間、ゼロから手探りで試行錯誤し、より良い仕組みへと改善を続けています。
PC不要でスマホだけで日々の支援業務が完結する仕組み
書類作成ではなく、支援に時間が使える仕組み
介入(支援)の根拠や効果を振り返りPDCAを回せる仕組み
職人じゃなくても再現性高く良い支援を探究し実践できる仕組み
そういうものを創っていきたいです。そして1人1人のリカバリーに向けた挑戦を少しでも福祉業界全体に広めていきたいです。
スマホとGoogleフォームだけあればすぐにできる施策も多いので、ぜひ真似してみてください。「支援の質」を計測・改善する業務設計やシステム開発の相談は随時受け付けていますので、気軽にパパゲーノのホームページやDMでご連絡ください!
このnoteが「面白い!」と思ったら、SNSで感想を添えてシェアしてもらえると嬉しいです。「自分の事業所ではこんな工夫をしてるよ!」という事例があったらぜひ教えてください!
↑福祉施設の運営の数値化やAI支援さんについてはふくしLaboのYouTubeに出演した際にもお話ししています。
福祉施設の集客(マーケティング)については以下で解説しています。
パパゲーノ社の創業から2年間の物語はこちら。