Deafheaven / Infinite Granite
Deafheavenは2010年に結成されたアメリカのポストメタルバンドです。もともとサンフランシスコを拠点としていたこのグループは、ボーカルのジョージクラークとギタリストのケリーマッコイとのデュオとして始まり、最初のデモアルバムを録音しました。その後メンバーを拡充し、現在は5名体制。ローリングストーン誌によって「ブラックメタル、シューゲイザー、ポストロックの境界を押し広げるバンド」と称されています。ただ、本人たちは「俺たちはブラックメタルじゃない、ブラックメタルの精神(悪魔崇拝など)は持っていないからね」と言っています。ブラックメタルとシューゲイズを合わせた”ブラックゲイズ”というジャンルを広く世に広めたバンドでもあり、2013年のアルバム「Sunbather」はブラックゲイズジャンル(創始者とされるフランスのAlcestのNeigeも参加したアルバム)の金字塔でもあります。
本作は5作目のアルバムで、以前のアルバムにあったブラックメタルの影響からの劇的な逸脱と、クリーンボーカルへ移行したといわれています。各種メディアの評価は高く、Metacriticでは84(2021.8.22時点)。それでは聞いてみます。
活動国:US
ジャンル:シューゲイズ、ポストメタル
活動年:2010-現在
リリース日:2021年8月20日
メンバー:
George Clarke – lead vocals, (2010–present)
Kerry McCoy – guitar (2010–present), bass (2010, 2012–2013)
Daniel Tracy – drums (2012–present)
Shiv Mehra – guitar, backing vocals, keyboards (2013–present)
Chris Johnson – bass, backing vocals (2017–present)
総合評価 ★★★★★
拘りぬかれた音響。最新系のオルタナティブロック。オルタナティブロックとメタルがクロッシングした。メタル的な要素はほとんど感じられないが、ところどころに邪悪さというかメタル由来の暴虐性が潜み、それが抑えられている感じがある。最後の曲、最終盤でようやくそれが解き放たれるが、クライマックスはそこだけでなくむしろ最初のギターの1音目から。「新しいギターサウンド」とも言える洗練さがある。音響としての心地よさが追及されていて、このレベルの音がアルバム全編にわたって展開される。全然タイプは違うがスティーリーダンのガウチョとか、ドナルドフェイゲンのナイトフライとか、あるいはもう少し近いジャンルで言えばデフレパードのヒステリアとか、メタリカのブラックアルバムとか、「研ぎ澄まされて洗練された”音”」で構成されたアルバム。激烈性を出すところで多少の綻びはあるが(おそらく意図的だろう)、全体としてとにかく心地よい音、音、音が続く。曲によってはスミスのようなギターポップ、ギターロック感もあり、My Bloody Valentine的なシューゲイズ感もあり、全体として(USのバンドながら)UK感が強い。しかし、もうなかなか出ないと思っていた「新しいギターサウンド」がひょっこり現れた感じ。どこまでマーケットにインパクトを与えるかわからないが、シーンに衝撃を与えることができれば2020年代が面白くなるかも。
1.Shellstar 06:06 ★★★★☆
光が差し込むような、デジタルインタラクティブアートのようなSEからスタート。ギターとビートが入ってくる。音がいい。どんな環境でも一聴してわかるであろう音の良さ、ベースが入ってくる、ベースの低音はちょっと強め。透き通った声が入る。ちょっとスミスみたい。ギターの透き通り方は新次元だが。コーラスでギターがシューゲイズ的、コード弾きになり、チリチリした高音のノイズとなる。これは完全にオルタナティブロックの最新系だな。メタルとオルタナティブロックがぶつかったのか。というかメタル色はほとんどない、コーラスのチリチリノイズがブラックメタル由来なぐらいだが、そういうつもりで聞かなければそれは感じないかも。ただ、途中からサウンドレイヤーが重なり、ビートが強くなっていくあたり、ドラムの手数の多さやタム回し、低音が効いている感じはブラックゲイズの片鱗を感じさせる。Devin TownsendのOcean Machineにも近い音世界(ただ、あれは一人多重録音に近くプロダクションもあまりよくなかったので、出したかったのはこういう音だったのかもしれないがここまで音響面で研ぎ澄ますことはできなかった)。
2.In Blur 05:29 ★★★★★
波のようなギター、青くて透明感がある。ジャケットの通りの、粒子感もある音。音響として気持ち良い。00年代のダンスロック、EDMやエレクトロニカ、トリップホップへの接近、あれも音響的に心地よかったが、こちらは純粋なバンドフォーマット、ギターサウンドの新次元かも。今までの延長線上にあるが、音の洗練度合いのステージが上がっている。Deftonesの昨年作「Ohms」も音響にこだわっていたが、こちらはもう最初の出音からして心地よい。揺らぐような多層の音、サウンドレイヤーが重なっていく。
3.Great Mass of Color 06:00 ★★★★☆
美しいギターカッティングから。どんどん明るさが増していくというか、心地よい。ドラムパターンはけっこう引っ掛かりがあり、巨大さもある。UKギターロック、シューゲイズ的。これは面白いなぁ。やはりメタルから出てきているからちょっと音の質感は違う。なんていうか、「いつでも超絶ブラスト、怒号が出せるんだぞ」とう凄味というか。かなり抑制している、筋力的な余力を感じる。別にテクニカルではないとか、簡単なことをしているというわけではなく(静謐な音像の方が集中力がいる)、めちゃパワーがある人が繊細な作業をしている、的な。後半になるとダイナミズムが増してくる。ブラックゲイズ的な、スクリームっぽいものも入る。HUMのinletをもっと音を明るく、抜けを良くした、明度と彩度を明るさに振る、解像度を上げてポップなフィルターをかけたようなギターサウンド。
4.Neptune Raining Diamonds 03:05 ★★★★
巨大さもあるシンセ音。うしろでオーロラか土星の輪のような、巨大な質量をもったものが静かに動いていることを感じさせる移動音のようなSE。スペーシーな音世界。実際には宇宙空間は無音(真空だから)なわけだが、その「広大な無」を表現するためにSF映画やスペースロックで長年練り上げられてきた「広大な無を表現するための手法」が良く使われている。宇宙的、近未来的な音像。宇宙空間を進んでゆく。インストのインタールード。最後、マニュエルゴッチングみたいな反復するミニマルなフレーズ。
5.Lament for Wasps 07:08 ★★★★☆
落ち着いたギターポップ、きらめき、反響しながらギターサウンドが待っている。プリズムのような音世界。ドラムも軽やか。ボーカルはリバーブが深く、クリーントーンかつ中音域主体でサウンドレイヤーの一部になっている。ドラムのタム回しがかなり細かくなってきた。ビートの感じはやはりメタル由来。ジャズのような細かさと手数だけれどヘヴィというか。これはエクストリームメタル特有のドラムスタイルな気がする。壮大な音のドラマ。
6.Villain 05:41 ★★★★★
煌めく反響音、クリスタルが光る鉱山のような。ギターとビートが入ってくる。ざわめきは収まらない。光り続けている。この曲は夏っぽい。晩夏にぴったりなサウンド。夕陽の海とか。心地よいメロディ。ビートはややブレイクビートなのだろうか。エレクトロニカ的な、ビートとしては安定しているけれどタムやバスドラが細かく打ち鳴らされる。雄大なサウンド。最終盤、スクリームが遠くで響く。太陽の光の中に消えていくような。
7.The Gnashing 05:34 ★★★★☆
サイレンのような、羽音のような音で前の曲からつながる。なだれ込んでくる強めのギターとビート。ギターの音圧が強い。浮遊しながらも力強い音像。リズム隊の重さ、質感もあるのだろう。全体としてつかみどころはしっかりあり、音としての強度がある。
8.Other Language 06:10 ★★★★☆
光が差し込むようなサウンド、ジャズのような細かいドラムが入ってくる。もともとツーバスを最初に使ったのもジャズドラマーだったというし、ロック界ではジャズ寄りのカーマインアピスだし、手数が多い、エクストリームメタルのドラムスタイルはジャズの影響が強いのだろう。50年代で見ればスーパードラマーはほとんどジャズだからね。ドラムソロを延々と披露するようなジャンルはほかになかったし。源流の話なので、そこから70年(!)経った今ではそういうところまで遡っていない人も多いだろうが。アコースティックギターっぽい響きが入ってくる。研ぎ澄まされたサウンドレイヤーは変わらず。よくここまで音を練り上げたものだ。後半になると音の表情が変わり激烈性が増す。ボーカルスタイルは変わらないが、楽器隊の音が突然暗転するというか、美しさは変わらないのだが暗黒面を感じる荒々しい音像になる。
9.Mombasa 08:17 ★★★★☆
静謐なギターのアルペジオ。穏やかな、夜のサウンド。スロウでメロウに曲が進んでいく。ララバイのようなゆったりとしたボーカルライン。浮き上がる泡のような音。ドリームポップ的な音像。後半になってサウンドが牙をむく、全力でたたきつけてくるようなギターとボーカル。ブラックゲイズ。ここまで封印してきた邪悪さが解き放たれる。カタルシス。ただ、ドラムには軽やかさが残り、ギターとボーカルが叩きつけてくる。泣きメロ、ブラックメタルの「美しさ」を凝縮したようなパートが続く。総てを呑み込んでいく。終焉。