連載小説《Nagaki code》第21話─やり切れない返事
前話はこちらから↓
「晃乃……晃乃?」
椿さんは、桜の木の下にいた晃乃さんに声をかける。
「え?」
晃乃さんは驚いたように振り返った。
「あ……また間違えちゃった」
椿さんがそう言い、舌をペロッと出す。一体、何が間違いなのだろう。そこにいるのは、さっき会った晃乃さんではないか。
「あなた、雪乃さんですよね?」
「えっ、ええっ!?」
僕は思わず大きな声を上げた。雪乃さんって、まさか……
「恵理紗ちゃん、お久しぶり」
晃乃さんだと思ったその女の人……雪乃さんはふわりと笑った。
「え、だって、雪乃さんは亡くなったって、さっき椿さんが……」
「ああ、そっか。私が長岐君の腕引っ張ったからか」
「ど、どういう事ですか?」
僕は気が動転しながらも椿さんに尋ねる。
「私、強い霊感があるの。私が長岐君に触れた事で、長岐君にも雪乃さんが見えるようになったのかもね」
にわかに信じ難いが、目の前の現実を目の当たりにしておいてこれが幻だとは言い切れなさそうだ。
「何で、晃乃さんじゃないってわかったんですか?」
「雪乃さんには、泣きぼくろがあるの。よく見ればわかるわ」
泣きぼくろ……。幽霊とは言え女性の顔をまじまじ見るのは恥ずかしかったから、確認をする事は諦めた。
「ところで、そちらは?」
雪乃さんが椿さんに尋ねた。
「こちら、郵便事業局の新入社員、長岐洋介君です」
「あ、あの……こ、こんばんは……」
「はい、こんばんは」
完全にオドオドしている僕を見てちょっと笑いながら、雪乃さんがふわりと挨拶を返してくれる。
「さっき、晃乃がここに来てましたよ」
椿さんが僕の隣で言う。
「そうだったの。入れ違いになっちゃったね……」
雪乃さんは寂しそうに顔を伏せた。
「晃乃、『ここに来れば、お姉ちゃんがそばにいてくれるような気がしてホッとする』って言ってました」
「あの子、そんな事を……」
雪乃さんは痛みを伴ったような表情を見せた。
「私、いつもあの子のそばにいるの。でも、あの子がそれを認識してないのも、なんだかつらくて。だけど、心の奥では会いたいなんて思ってるの。……おかしいよね」
少し悲しそうに、雪乃さんは微かに笑った。
「おかしくないです」
椿さんが声を上げた。
「晃乃に会いたいって、おかしいことじゃないと思います」
訴えかけるような椿さんの声。理由とか理屈とか抜きに、ただ真っ直ぐ雪乃さんへ届けているように感じた。
「そう……。……うん」
やり切れないように頷くと、雪乃さんは桜の木を見上げる。僕と椿さんも、その大きい桜を見上げた。空には満月が雲の合間から見え隠れする。