日本酒のラベルにしてやられた!と思ったら、大切なことを教えられた。
眩しい。。こんな眩しいラベル見たことない。
スマートでオシャレな日本酒ラベルが増えてきた近年、このデザインから放たれる独特のオーラには只者ならぬ存在感がある。
冒頭写真の日本酒『此れはしたり』。日本酒の頒布会8月分の一本だ。
頒布会とは、定額の支払いに対して酒屋さんが見繕ってくれた日本酒を定期的に送ってくれるサービスのこと。現代風に言えば、日本酒のサブスクみたいなもの。
どこの蔵元さんのどんな銘柄が届くのか事前に知ることは出来ず、家に届いた梱包を開封する作業は日本酒好きを魅了する最大の楽しみの一つだ。
日本酒ラベルのデザインというのはよく出来ていて、白ワインを思わせるラベルデザインの日本酒は綺麗な酸味感がまさに白ワインのようであり、ゴツゴツした太い漢字で書かれたラベルはお米の旨みたっぷりの骨太の味わいだったりする。
細い字体で銘柄を記したラベルだと、口に含む前から綺麗な飲み口や繊細な味わいを連想してしまう。
予想通りの味で無ければ、その差を楽しむ。
でも。。今回のラベルは一体。。このラベルデザインからは味わいや香りが全く想像できない。
代わりに裏ラベルを見てみた。
一般的に日本酒の裏ラベルには、法令で表示義務のある原材料や製造時期を記す他は、味わいの特徴や使用米・仕込み水・酵母の特徴といったアピールポイントの他、蔵元に関する説明がなされることが多い。
しかし、このお酒は違う。
見ての通り、裏ラベルにも「此れはしたり」という言葉そのものに関するメッセージが並んでいるだけで、味わいに対する解説は一切ない。
やはり只者ならぬお酒なのだ。
口に含んでみる。
入口は瓜を思わせる爽やかな香りに、厚めの酸の香りが重なる。
口に含むと、お米の甘さが厚めの酸と優しい苦味に乗ってバランスよく流れていく。酸味のドライ感のあるキレ。綺麗な飲み口に低アルコールも手伝って飲みやすい。
「これはしたり!」感は特に感じない。強いて言えば、このラベルデザインかな?
上記が、このお酒のレビュー結果。初めて口にした後、日本酒レビューのSNSコミュニティ「さけのわ」に投稿した内容だ。
これは、普通に美味しい。特徴的な酸味といい、優しい甘みとほのかな苦味のバランス感といい、むしろ丁寧な造りを感じさせる。低アルコールの飲みやすさも素敵だ。
そう、このお酒の味わいには、肝心の「此れはしたり!」感が全くないのだ。
このお酒は一体。。
なんで『此れはしたり!』という名前なのか。
なんで、このラベルデザインなのか。
なんで?
何日か経って、もう一度利き酒をした。
そこで、ふと気付いた。
しまった、これは蔵元の意図にまんまとハマってしまった。してやられたのだ。思わず笑ってしまった。
ラベルデザインと名前に誘導されて、「これはしたり」感を、その香りや味わいの中に探しに行ってしまったのだ。
なんてこった、利き酒師がまんまと日本酒を「飲まされる」なんて。
そう、これは蔵元さんの狙った新手の誘導だったんだ。。
「ほんとは『此れはしたり』なところなんて何も無いんだよー!」って、蔵元さんの愛嬌あるベロベロばーの顔がぼくには見える。ありありと見える。
此れはしたり!!
まさしく、この日本酒の名前通りの展開になってしまった。
私たちは食べ物の味や風味を基にしてうまいかまずいかを判断しているつもりになっているが、実は、それ以外の情報の影響を強く受けている。情報のバイアスが色濃くかかっている判断とも言える。(『人間は脳で食べている』伏木亨, p.p.1578-1579)
その通りだ。今回は、ラベルデザインの存在感が強すぎたあまり、「ラベル情報」という濃厚な色メガネをかけて日本酒の味わいを確かめにいってしまった。
これまで、日本酒の美味しさというのは、香りと味の重なり模様にあると思っていた。
入口の上立ち香、口に含んでからの味わい、含み香と後味のキレ感、余韻。それらは個々に独立して個別に存在しているのではなく、入口の上立ち香が口に含んでからの味わいに重なるところが始まりで、酸味や苦味の特徴を繊細に感じながらキレと余韻までを一続きで感じる。その全体像でもって「美味しいかどうか」を判断していた。
それはそれで間違いではないと思う。
でも、十分ではない。
今回の経験でわかったのは、実際の香りや舌で感じる味わいに加えて、「情報」というものがいかにぼくの味覚・感じ方を左右しているのかということ。ラベルのデザインや銘柄名、裏ラベルの記載から予想される味わいという「事前情報」がいかに「味わいの一部になっている」かということ。
これまでのぼくの「美味しい」は、日本酒という液体の香りや味わいだけをベースにした「美味しい」ではなかったということだ。
そう、今回の日本酒が示してくれた新たな視点は、日本酒の美味しさとは何かということ。
頭で日本酒を飲んでるんじゃない?っていう問いかけだと思う。
この新たな視点の提示こそ、蔵元さんの狙いだったのかも知れないな。
日本酒を味わうという行為の楽しみが、またひとつ増えた気がする。