第十四話 それでもコスモスは凛と咲く
その日の夜、丸井は御堂筋線昭和町駅に居た。
地上に上がり、松虫通りとあびこ筋が丁度交わる交差点に立った。
ガードレールの端に小さなコスモスの花壇があった。
「昭和町抗争」で治安悪化が進み、白昼堂々と衝突することもしばしばあった事から地元住民の1人がコスモスの花壇を設置した。
コスモスの花言葉は「調和」。その花はたとえ散ったとしてもまた新しい苗が植えられ、数年間に渡りこの交差点で"願い"として咲き続けている。
コスモスの横の信号が青に変わり横断しようとしたその時だった。
パンッパンッ!!
花言葉を切り裂くようにして銃声が轟いた。
横断歩道にいた人達は足を止め、一斉に音の方を見た。
路地から真っ黒のワゴン車が飛び出した。
もちろんナンバープレートなしのフルスモーク、フロントガラスからうっすら見えたのは目出し帽に拳銃を持った二人組だけだった。
丸井が受けた衝撃は拳銃だけではなかった。
この街の住人は銃声の後、少しの間は立ち止まったものの、すぐに何事もなかったかのように歩き出したのだ。
さらに紫色のパンチパーマのおっさんみたいなオバハンは落ちたばかりの薬莢を手に取り、「9mm弾」と言い残し、立ち去った。ここ昭和町では銃声が日常的に聞こえるのであろうと理解できる一言だった。
生野区、西成区、東大阪市など特別危険区域とはまた違う日常がそこにあった。
丸井は唖然としながらも点滅し始めた信号を早歩きで渡った。
横断歩道を渡り切った後、振り返った。
スマホを見ながら歩くキャバ嬢、フルスモークのハイエース、シケモクを拾うホームレス。
この街の時間はただ何事もなく進んでいた。丸井だけが感じた"異常"。それはこの街からすれば"通常"であった。
交差点のコスモスは風に揺られながらも凛と咲いていた。
視線を前に戻し、一つ目の角を曲がって飲み屋街へと進んでいった。
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