ショートショート「昼下がりの秘密」
「愛しい人」
ある昼下がりに、ふと扉を開けたら、彼女と目が合った。いわゆるこれが「運命の出会い」だったとは、その時は気つなかった。よくある陳腐で軽薄な書き出しで、申し訳ない。しかし当時の私は、「運命」とはそのように、極々些細な日常の延長線上に生じる現象であると、理解をしていた私だったのだ。まだその時には。
遠い南の島からやってきた彼女は、寂しい目をしている。言葉ではなく、私に訴えかけくる。「わたしを食べて・・・」
生きとし生けるものとして、恋焦がれ愛しあう行為を経験してこそ、ある意味、その人生を全うするのではないか・・・そのような考えが浮かんだ。ちなみにこれも書籍で得た知識である。
私は急に彼女が愛おしく、儚いものに見えてきたのだ、なぜなら彼女の運命を知っていたからだ。手を伸ばすと既に彼女の衣服は乱暴に切とられ、よく見ると、してもみすぼらしい姿に成り果てていた。
「そうか忘れられているんだね。」優しい言葉をかけながら、最後のゲートを超え、彼女に触れる。そして改めて彼女を見つめた。その瞬間、その芳醇な甘い香りに、クラクラと目眩がした。か細い彼女を、指先に神経を集中させて、壊れないように優しく掬い上げた時、その小さな身体に微かな弾力を感じた。
その1つを口に含んでみると、私の脳内には、今の彼女に育つ前の、さらに若いみずみずしい果実だった頃の像が、浮かび上がってきた。
「もう我慢っできない!」私は乱暴に彼女に襲いかかってしまった。そこには紳士淑女の行動とは思えない、餓鬼と化した私がいた。
ふと我に帰った時、彼女は瓶のそこにうずくまるように小さくなっていた。
「しまったなんてことをしてしまったのだ。彼女は私のものではないのに・・・」
感情が揺れ動くが、私は老獪な年齢に達している。冷静の証拠を隠し、痕跡を処分した。そして出会った時より、さらにその奥底へと彼女を押し込んだ。
監禁した者が、彼女が小さくなったことが気づかれないようにと、隠蔽工作をしながら、次の逢瀬を夢想した。そして私と彼女との日々が、少しでも長く続くことを願った。
彼女との逢瀬は、主に昼間である。恐ろしい監禁者が不在になる時間は、24時間のうちの昼下がりの、ほんの数時間でしかないからである。しかし私の欲望は日に日に増していき、大胆にも監禁者がいるときも、その目を盗み、絶え間なく彼女に執着し続け、私と彼女の爛れた時間は流れていった。
「お願いだ、消えないでほしい。」この願いは虚しく、ある日、彼女は姿を消してしまった。私の欲求は、既にコントロールを失ってたのだ。呆気なく終わりの日が来て、私は独りになってしまった。絶望感が押し寄せてきた。そして同時に目を背けていた現実が、私の前に立ちはだかった。
「全部食べてる!!どうしてくれるの!!!」当然ながら、すぐに彼女が亡き者になったことは露見し、監禁者である彼女の持ち主から強い叱責を受けた。これは甘んじて受け入れなければならない。
私にとって彼女との午後の秘事の時間は、何事にも変え難い優美な時間であり、貪りあうような動物的な時間であった。私の中に眠っていた本能が牙を剥いたのだ。彼女の前では、地位も名誉もなく、何者でもなかった。ただ1人人間であり、いち生物として本能を剥き出しにした私がいた。年齢も教養も何も関係ない。ただそこに美味しいバナナチップスがあり、それを食らう私が存在していただけなのである。
「お詫びにお取り寄せしますと。」と謙ってみたが、日本では販売されていないバナナチップスであった。
「そうか、隠れて全部食ベてしまうほど、気に入ったんだね・・・わかったよ。いつかセブに行って買ってきてあげるから。」
「それなら3つばかり買ってきて・・・」
本心はそんな生ぬるい数じゃなく、もういっそのことなら輸入販売してくれ!という言葉を必死に飲み込んだ。まだ理性を残していた自分に対し、少し安堵した。しかし私は今も極上の美味しさのバナナチップスの彼女の海で溺れてみたい欲求に悩まされている。
あとがき
不要不急の用で、街へと出むきました。せっかくなので成城石井へと立ち寄り、ずっと欲しかった「素材を味わうTea chocolate」を購入しました。さらに娘がフィリピンのセブ島で買ってきたバナナチップスが美味しくて、また食べてみたかったのですが、同じものは見つかりませんでした。
その昔、娘が隠していたバナナチップスを平らげたことがありました。訳もなく扉を開けては、その悪魔の誘惑に負けて、ぼりぼりと食べ続けていました。
娘の言い分としては「私は放置していたわけじゃなく、少しずつ大事に食べてたの、目に見えて量が減ってるのも知ってたよ。」でした。その時のお思い出とバナナチップスへの暑苦しい思いを、娘に電話で伝えました。その話をまとめたものが今回のショートショートでした。
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