[読書感想]地図リテラシー入門 羽田康祐著 ペレ出版 2021年刊
昨年(2023年)、地図または航海図が一つの要素になっていると思われるアート作品を見ました。
この本は、その鑑賞のヒントになるかと思い手に取って読んだものです。
面白かったのでご紹介します。
私の地図に関する知識は、小中学校で学んだ社会科、地理の授業から更新されていませんでした。
緯度経度ってどちらが南北? 磁北線てなんだっけ? その辺りから復習でしたが、本書は、全編カラーで図が多く、専門用語がその考え方や生まれた背景を含めて簡潔に説明されていて、文章も柔らかく、わかりやすい内容でした。
地図のリテラシーとは、方位や地形などの位置情報、地理情報のほかに、「主題図」とよばれる情報を記載した地図の仕組みを理解して、読み取って使いこなすことです。私たちの日常生活はもとより、行政の施策にも影響を及ぼすために必要なものである、と筆者は述べています。
地図リテラシーは当然、地図を作製する側にも必要です。地図上に情報をのせる場合に、読み手に誤解なく情報を伝えるようにしなければなりません。
政府やマスコミが地図リテラシーに乏しいことが原因で、誤った情報を公にしてしまった事例が紹介されています。本書p29-43
本書では、主題図の具体的な例を複数、例にあげて地図のデザインについても、細かく解説してあります。
定量的情報と、定性的情報の表現の仕方、統計データを地図上にのせる図形は棒グラフがいいのか円グラフがいいのか、あるいは流線図がふさわしいのか、色は暖色系と寒色系のどちらがより直観的に伝わるのか、など実践的な内容です。
そして、主題図の読み取りに欠かせない知識が、地図投影法の仕組みの違いによる地図の形です。
やっかいなのは、地球が回転楕円体をしていることです。それを平面に表現しようとしても「距離、面積、角度、方位」のすべてを同時に正確に地図上に示すことは出来ないそうです。
「もし面積の正確さを得たいなら、角度の正確さを犠牲にします。何かを得るためには、何かを捨てなければならないのです。」
用途や目的にあった地図の種類とその仕組みは、本書で分かりやすく図示されています。参照 p174-226
例えば、航海や航空でよく使用されるのは、「正距方位図法」。
出発点を中心に描いて目的地までの大圏航路を直線で書くことができます。大圏航路は地球上の二点間の最短距離とみなされる線で、船舶や航空機の燃料費を抑えるために知る必要があります。
本書の最終章は、電子地図についてです。地理情報システム(GIS)データをもとに電子地図が作られており、地理情報をもとにした空間分析など、様々な応用ができる電子地図ですが、紙地図とは違ったリテラシーが必要になると述べられています。
また、本書の魅力は、地図リテラシーの入門に実用的であるという点だけではありません。
それは、地図作製の目的が極めて実用的なものでありながら、芸術作品の制作(文学、絵画、彫刻、音楽、演劇、舞踊・・・)に共通する頭の働きを必要とすることに言及している点が面白いと感じました。
現実世界を、目に見えないものを含めて平面、あるいは空間にうつしとる作業。
そこには作り手により情報の取捨選択や、縮尺の調整が行われます。
なんだかアート思考が必要な気がします。
ちなみに著者は、地図を読むことを、楽譜を読むことに例えられています。
また本書では最近、目にすることが多くなったカタカナ言葉のいくつかが、身近な地図というものにからめて簡潔に解説されており、理解がすすみました。
最後に、用語の使い方として、独特で面白いと思ったものをあげておきます。
地図は英語のmap の訳。英語のマップは布切れを意味するラテン語の mappa に由来し、中世ヨーロッパで作成された地図は mappa mundi と呼ばれた。一方、海の地図である海図はチャート nautical chart 。
航空機の飛行ルートを示した航空図も aeronautical chart 。
航空関係の用語は多くが航海に由来しており「空港」もその一つ。p82,2連続的な情報は、メッシュのように規則正しく配置された等間隔の格子で表現でき、これをメッシュ図という。メッシュ内の個々の格子は細胞や個室を意味する「セル」と呼ばれる。「網み目」を意味するメッシュは日本固有の呼び方で、英語圏では「格子」を意味するグリッドと呼ばれている。p94,5
地図を意味する英単語の map は一枚の用紙に描かれたものを指し、冊子にまとめられた地図帖は atlas という。p122,1
緯度・経度をつなげて緯度経度、縮めて経緯度ともいうが、けして、けいどいど、いけいど,とはいわない。p168,3
引き延ばされることで、実際の地球とは異なった状態を歪む(ひずむ)という。地図ではゆがむ、とはいわない。p176,7
以上。