【映画感想文】“物語”を愛するすべての人におすすめのフランスアニメ
物語を書/描く人ってみんなこうなの? なんて素敵なんだろう。
2023/6/9から順次公開のフランスのアニメ映画「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」を一足早く鑑賞する機会に恵まれ、号泣しながらエンドロールを見ていた私はそう思った。
私は、「プチ・ニコラ」という児童書の存在を本作で初めて知った。なので、ニコラに会うのはこの映画が初めて。二人の作者、サンペとゴシニとも初対面だ。
映画「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」は、単純に「プチ・ニコラ」をアニメ化したのではなく、作者二人がそれぞれの人生を追想するターンを挟んでいる。これがとにかく良くて、二人の人生を知ることで更に「プチ・ニコラ」が輝きを増す。
この映画は、90分弱に満たない作品でありつつ“良さ”がたくさん詰まっている。今回は、その“良さ”の中で特に私が好きな“良さ”を取り上げて書き残したいと思う。
1.柔らかでお洒落な手描きテイスト
どこを切り取ってもポストカードのように絵になる映画って珍しい。本作はまさにそんな映画だ。
人物像はシンプルな線、背景は結構細やかに街や建物の景色を見せてくれる。「プチ・ニコラ」は白黒で手描きされていたそうだが、今回の映画はフルカラー。だけど「プチ・ニコラ」の雰囲気をそのままに再現して、目に楽しい仕上がりだ。実写とはまた違った空気感が描かれている。
「プチ・ニコラ」の世界を描く際、周りの輪郭が滲んでいるところや、枠外から画面に入って来ると色がつく描写も、小さいながら好きなところ。
2.“音楽”もいいし、“音”もいい
サンペがジャズ好きということもあり、劇中ではまさにフランスな小洒落た楽曲が流れる。オープニングなんてもう、映像も相まって「あ〜フランス映画観てるんだな〜!」とテンションが上がってしまうほどお洒落だ。
だけど更にいいのが、“音”。
サンペが万年筆で絵を描く音、ゴシニがタイプライターを打つ音……。ニコラが生まれ出る音は、優しくて心地いい。文房具ファンにはたまらない要素かもしれない。
こうした音以外にも、サンペとニコラを演じるアラン・シャバ(私が好きなシュールなフランスSF映画「地下室のヘンな穴」にも出演)とローラン・ラフィットの声がいい。フランス語の輪郭が曖昧な音色が、ユーモアや切なさや慈しみ、優しさや愛情を台詞以上に物語る。
(おまけ)
地下室のヘンな穴の感想文はこちら。
また、本作は嬉しいことに日本語吹き替え版もあると聞いた。錚々たる演者の布陣なので、きっとフランス語版の良さを表現してくれているはずだ。字幕があるとどうしても絵の全体像を見られないから、吹き替え版で見たらさぞ綺麗だろうな〜と思う。
一方で、日本語の音(発声のプロである声優の台詞回し)は輪郭がくっきりしているから、フランス語のニュアンスとは聞こえ方が変わるだろう。まぁ、この辺りは好みだ。観客各々が心地いい楽しみ方を出来る選択肢があるのは、とても嬉しい。
3. 二人の作者とニコラの優しい関係
※以下、映画の大きなネタバレはないが内容には触れているのでご注意を。
予告編でも登場するように、二人の作者が物語を書/描く時・過去を思い出す時、必ずそこに小さな小さなニコラが現れる。この描写が本当にかわいい。最初にニコラが出て来た時なんか、あまりの可愛さに私は涙が出そうになった。
「プチ・ニコラ」は児童書の括りだが、大人が読んでも面白そうだ。フランスお得意の“エスプリ”に満ちた雰囲気、妙にリアリティのある子どもの冷めた意識と夢いっぱいの視線、クセの強い愉快な友人たち、憎めない大人たち……。
サンペとゴシニがニコラのキャラクター像を作り上げるところ、特に両親の仕事を話し合っている場面では思わず笑ってしまった。彼らの創作秘話を踏まえると、自然とニコラに愛着が湧いてくる。
それに、サンペとゴシニがそれぞれニコラと話す時の優しい声や視線と来たらもう……!
イラストレーターのサンペは友達や兄弟と話すように、作家のゴシニは子どもと話すように、暖かな視線でニコラに接する。飛び跳ねて遊ぶニコラを両掌で掬い上げてあげたり、頬を指先で撫でてみたり、肩に乗せて歩いたりもする。二人のニコラへの思いは、語らずとも伝わってくる。
そして、優しいのはニコラも同じだ。ニコラは子どもだから、二人の作者の繊細な話題にも首を突っ込んで、彼らの“寂しさ、悲しみ”に触れてしまう。だけどその時、二人の作者は怒るでもなく、ニコラに自分の寂しい経験を打ち明ける。
詳細はぜひ映画で……と思うが、予告編でも垣間見える一例を出すとするならば。ゴシニは1926年8月14日 フランス・パリ生まれ、フランス系ユダヤ人で1928年にアルゼンチンのブエノスアイレスに移住している。彼が生きた時代に第二次世界大戦があったこと、彼の出自を見れば、どんな悲劇が彼の人生に影を落としたかは想像出来るはずだ。
サンペの人生も順風満帆とは言い難いし、彼には耐えがたい悲しい別れが訪れる。この時のサンペの打ちひしがれる姿、思い出を語る場面は涙無しには見られない。
小さなニコラは、作者たちの“寂しさ、悲しみ”に触れた時、小さな体と素直な心でそっと二人に寄り添う。
「新しい物語を書けば元気になる」
「ずっと3人一緒だね」
そんなニコラの言葉を思い出しながら、私は思い出し泣きにくれている。
こんな風に、自分の創作物に理想や憧れを託すのは、何かを書/描く人には珍しいことではないのかもしれない。
でも、サンペとゴシニとニコラのように、互いに語り合い笑い合い癒し合い、「ずっと3人一緒」でいられる関係ってなかなか無いんじゃなかろうか。
それとも、実は物語を書/描く人ってみんなこうなのか? 「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」で描写されるように物語を書/描くって、なんだかとても素敵だ。
(おまけ)
登場人物と会話する、と言う点で私がすぐに思い当たるのは以前感想文を書いたこちらの本。
映画「プチ・ニコラ パリがくれた幸せ」は、2023/6/9から順次全国公開。
邦題には「パリがくれた幸せ」とあるけれど、幸せをくれたのはパリだけではない。サンペとゴシニがそれぞれに幸せを分け合っていたと思うし、ニコラが二人を、二人がニコラを幸せにしたと思う。
そしてパリで生まれた小さなニコラが、海を越えて日本で暮らす私たちのところに小さな笑いと幸せを届けに来てくれた。物語を書/描くすべての人におすすめ、そしてもちろん、書/描いたことはなくても、“物語”を愛するすべての人におすすめしたい。
この映画は本当に、心に染み入る素敵な作品だ。
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