「海と毒薬」の会話シーンを全部かぞえて、殺伐とした人間関係について書き散らす
遠藤周作の「海と毒薬」が狂ったように好きで、約40年前の映画以来公式からの供給がないなか、ひたすらねちねちと本文を読み込んでいる。
作品の魅力の一つに、殺伐とした生々しい人間関係がある。
仲間!絆!みたいな要素は皆無。戦時下の閉塞感の中で、傷つけあって孤独になっていく。苦悩の中で、素直に助けを求めて支え合えるほど、人間は強くないのだ。
そんな生々しい人間関係を噛み締めたくて、作中でどんな会話がなされていたかひたすら数えてみた。
「葛藤する→他者を攻撃する→なにも解決しない」のサイクルが海と毒薬の人間関係の基本だ。先輩の立場の浅井が「こういう時こそワンチームばい!」とまとめてくれればいいものの、彼は自分の出世が第一の男。笑顔で他人を利用して、使い終えたティッシュのごとく簡単に切り捨てていく。
職場の空気は地獄である。
コミュニケーションの特徴 「勝呂」編
気の弱い勝呂は、自分から積極的なコミュニケーションは取らない。戸田からチクチク言葉で皮肉を言われても、浅井に小言を言われても、どうしていいか分からず黙ってしまう。可哀想。就活にグループディスカッションとかない時代で良かった。
一方で、他の人から話しかけられる機会は多い。友人(?)の戸田からは心を抉られたり、医局の裏話をドヤられたりと大忙しだし、下宿の後輩や大部屋の患者からも気さくに声をかけられていて、人柄の良さが偲ばれる…(おばはん叩いてるけど)
コミュニケーションの特徴 「戸田」編
戸田は、より能動的だ。迷惑メールかな?っていうぐらい、勝呂に頻繁に話しかけている。
ただし、楽しい会話はない。勝呂をわざと悲しませて喜んでいたかと思えば、「二等兵で死んでもいい」と言ってみたりと情緒がジェットコースター。
オオアリクイに殺された未亡人の話をしてくれる迷惑メールの方が、会話がまだ弾みそう。
二人には「友情の符牒として関西弁で話す」「戸田に教わった詩を勝呂が重要な時に思い出す」という過去の仲良しエピソードもあるのに、なぜこうなった。借りた消しゴムの角を使った?カラオケのサビで勝手にハモろうとした?バースデーケーキのプレート勝手に食べた?
一方で、戸田に積極的に話しかけているのが浅井だ。おやじを駄目だと言ったり、勝呂を見込みがないと言ったり、悪口の引き出しがすごい。だが、そんな浅井に戸田は「醜悪な優等生ヅラ」と手厳しい。
まあ、同期の悪口言ってくる先輩って、異性の新人を休日サシ飲みに誘うぐらい地雷…。悪口でキャッキャしたいなら文春砲くらった芸能人とかにしてくれ。
コミュニケーションの特徴 「上田」編
3人目の語り手である上田看護婦はとにかく孤独だ。誰かに話しかけられても、ほぼ業務連絡。自分から雑談を振っても相手の反応は薄い。切ない。ChatGPT をプレゼントしたい。
上田もまた、心の葛藤と向き合うために、攻撃的に他者の内面に踏み込んでいく。その相手は大場婦長だ。あんまり絡みのない上司に当たりにいく勇気!(でも、新人や患者に向かわないのは偉いのか…?)
さらに上田は心の中でも「あの顔の大場に惚れる男は居ない」と言いたい放題だ。
こうして、職場は常に殺伐としている。
F大学の第一外科の部屋の壁には「好きの反対は無関心」という標語を大きく張り出したい。