マガジンのカバー画像

親魏倭王の本の話題

19
主に小説について。読書録とはまた別です。
運営しているクリエイター

記事一覧

推理小説の歴史(海外編)

1 推理小説はアメリカでエドガー・アラン・ポーによって生み出されたが、それをいち早く取り入れたのはフランスであった。エミール・ガボリオがシリーズ探偵ルコック氏を創造し、『ルルージュ事件』などの長編を書いている。フランスは全体的に長編志向で、短編推理小説の黄金時代であった1907年に、ガストン・ルルーが長編『黄色い部屋の謎』を書いている。フランスではその後、サスペンス小説が主流になっていく。 イギリスでは、チャールズ・ディケンズが『バーナビー・ラッジ』で推理小説的手法を使い、ポ

¥500

推理小説の歴史(日本編)

 1 日本における最初の推理小説は黒岩涙香の短編「無惨」である。19世紀の作品としては、他に「あやしやな」(幸田露伴)、『活人形』(泉鏡花)がある。 日本で推理小説が本格的に書かれるのは1910年代以降で、その嚆矢となったのは岡本綺堂の『半七捕物帳』シリーズである。次いで、1920年に谷崎潤一郎が「途上」を書いている。この頃、小酒井不木が登場し、実作の傍ら江戸川乱歩らを見出す。江戸川乱歩は「二銭銅貨」で鮮烈なデビューを飾り、「D坂の殺人事件」「心理試験」「屋根裏の散歩者」など

¥500

ゲームとしての推理小説略史

ミステリー=推理小説は特異な小説である。なぜかというと、作者と読者の知恵比べであるからだ。基本的に、小説にゲーム要素を包括するのは推理小説だけで、それ以外のジャンルの小説には見られない。そうしたゲーム的要素は、不完全ながらもエドガー・アラン・ポーが推理小説を考案した時点で含まれており、その後、推理小説の主流が短編から長編に変わっていく中で次第に醸成されてきた。画期となった作品はというと、どれとも決めがたいのだが、1920年に執筆されたアガサ・クリスティーの『スタイルズ荘の怪事

¥500

推理小説の二大潮流

ミステリー=探偵小説=推理小説は、犯罪を通して人間を分析する小説と言うこともできる。その萌芽はすでにエドガー・アラン・ポーの時点で見られており、「モルグ街の殺人」冒頭の語り手とデュパンの会話に凝縮されている。また、「盗まれた手紙」は作品自体が人間が持つ心理的盲点の暴露を意図していて、この作風は直接的にギルバート・キース・チェスタトンに受け継がれる。

¥500

推理小説の寓話的側面

ギルバート・キース・チェスタトンはミステリー作家の中でも特異な存在である。 彼はもともと評論家として活躍しており、小説、特に推理小説を書き始めたのは1910年頃(それ以前にスリラーが1篇ある)である。

¥500

ハードボイルド小考

ハードボイルドという小説の一ジャンルがある。元はアーネスト・ヘミングウェイに代表される、感情を排除したドライな文体のことを指し、これがダシール・ハメットによって推理小説に流用され、推理小説の一ジャンルになった。以後、ハードボイルドというと狭義では推理小説を指すようになる。

¥500

スパイ小説小史

スパイ小説というジャンルがある。ミステリーの一ジャンルとしても扱われ、海外ではイアン・フレミングやジョン・ル・カレの名が知られている。日本での作例は少ないが、古くは三好徹、近年では柳広司や曽根圭介が力作を書いている。 スパイ小説の原型となる作品の一つが、ジョゼフ・コンラッドの『密偵』である。これはアナーキストグループに潜り込んだ密偵の話で、国際的なスパイの活躍を描いたものではない。国際的なスパイを登場させたスパイ小説は、おそらくジョン・バカンの『三十九階段』が嚆矢となる。

¥500

エドガー・アラン・ポーの推理小説

エドガー・アラン・ポーは19世紀アメリカの小説家で、ナサニエル・ホーソーン、ハーマン・メルヴィルと並んでアメリカ文学黎明期の巨匠と言える。 ポーはミステリー、SF、ホラー、ファンタジーといった大衆文学のあらゆる分野を網羅した作家である。ゆえに、これらのジャンルはポーに始まると言っていい。ポーの作品をジャンル別にすると下記のようになる。 ・ミステリー  モルグ街の殺人、盗まれた手紙 ・SF  ハンス・プファアルの無類の冒険、メロンタ・タウタ ・ホラー  黒猫、アッシャー家の崩

シャーロック・ホームズシリーズの4大長編について

シャーロック・ホームズシリーズは、4つの長編と5冊の短編集(全56篇)の計60篇からなる。今回は、そのうちの4大長編について、思うところを書いてみる。 『緋色の研究』 シリーズの第一作。二部構成を取るが、事件の顛末を語る第一部は犯人が唐突に明かされるなどいささか物足りず、逆に事件の背景を探る第二部は冗長に感じる。第二部のラストは唐突にワトソンの手記に戻っており、これなら第二部の三人称部分も犯人の告白というかたちでまとめてしまったほうが良かったのではないか。また、第一部は犯人

怪盗ルパンシリーズの人気の秘訣とは

推理小説から派生した1ジャンルに「怪盗小説」がある。嚆矢となったのはE・W・ホーナングの『二人で泥棒を』(1899年)で、この時点でフェアプレイや殺人の忌避など、怪盗小説の定番となるルールができあがっている。その後、四十面相のクリークをはじめとする怪盗キャラクターが数多く生まれ、百花繚乱を呈したが、シリーズとして長続きしたものはなかった。怪盗小説は「何をどうやって盗むか」が物語の焦点となるが、通常の推理小説よりマンネリ化しやすかったらしい。そこで、後続の作家たちは、それにプラ

エルキュール・ポアロの探偵手法

「ミステリーの女王」の異名を持つアガサ・クリスティーは、生涯に数多くの推理小説、冒険小説を残しているが、中でも大きな功績は名探偵エルキュール・ポアロを生んだことだろう。ポアロはその知名度ではシャーロック・ホームズに匹敵する。彼がそこまで有名になったのは、クリスティーの作品が世界各国で訳され親しまれているからだが、彼の探偵手法にオリジナリティがあったからでもある。でなければ、シャーロック・ホームズと人気を二分する名探偵にはならなかったと思われる。 エルキュール・ポアロの探偵手

エルキュール・ポアロからミス・マープルへ

アガサ・クリスティーのライフワークといえばエルキュール・ポアロとミス・マープルの2大シリーズだが、実際は総作品数では大きく差がある。しかし、それでもミス・マープルがポアロに比肩されるほどの名キャラクターになったのは、主だった作品が1950年代以降に書かれていて、クリスティーの後半生の代表作がほぼミス・マープルものであるためだろうか。 個人的に、1950年代以降、ポアロものは徐々におもしろくなくなっている気がする。そこはクリスティー、どの作品を読んでも高水準なのだが、それでも

ジョン・ディクスン・カーとカーター・ディクスン

ジョン・ディクスン・カーはアメリカのミステリー作家だが、イギリス在住期間が長く、イギリスを舞台にした作品が多い。1930年に『夜歩く』でデビュー、密室殺人などの不可能犯罪を得意とした。代表作に『髑髏城』『三つの棺』『曲った蝶番』『火刑法廷』『皇帝のかぎ煙草入れ』などがある。 カーには、カーター・ディクスンという別名義がある。ここから先は、創元推理文庫刊の諸作品(旧訳版)に付されていた中島河太郎氏の解説に基づくが、カーはある出版社と年一冊の契約を結んでいたのだが、1933年、

レイモンド・チャンドラーのこと

レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』の新訳が創元推理文庫から出ているのを見かけた。チャンドラーの作品は、長編の大部分が早川書房から出ていて、東京創元社は『世界推理小説全集』に収録した『大いなる眠り』『かわいい女』以外は短編の紹介に力を入れている印象だった。近年は『大いなる眠り』の新訳が早川書房、『長いお別れ』の新訳が東京創元社から出て(創元版はタイトルから「お」が抜けている)、なんだかわけがわからなくなっている。 わけが分からないと言えば、チャンドラーが生前最後に発表し