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私の好きな短歌

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私が好きな短歌を紹介します。主に大正、昭和の歌です。時々現代のものも。
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2021年5月の記事一覧

私の好きな短歌、その6

枕べの障子一日曇りたり眼をあげてをりをり見るも

 島木赤彦、歌集『氷魚』より(『日本の詩歌 第6巻』中央公論社 p29』)。

 「病床」中の一連。この次の歌から、季節は冬とわかる。何もすることがない病床で、視線だけが部屋の中をさまよい、ときおり障子を見ている。それだけの歌だが、写生であるがために、実感がこもっている。「一日」によって時間の幅が生まれ、長い退屈が表現された。

 1916年(大正

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私の好きな短歌、その7

遠近の烟に空や濁るらし五日を経つつなほ燃ゆるもの

 島木赤彦、歌集『太虚集』より(『日本の詩歌 第6巻』中央公論社 p62)。

 「関東震災」中の一首。詞書に「九月三日信濃を発し五日東京に着く。六日下町震災中心地を訪ふ」とある。一首から、焼き尽くされた街の様子が目に浮かぶ。五日を経ってもなお物が燃えている、厳しい状況だ。三句で切って結句を体言止めとして、呆然とした人のやるせなさが描かれ、感情を

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私の好きな短歌、その8

ひと平らに氷とぢたる湖に降り積める雪は山につづけり

 島木赤彦、歌集『氷魚』より(『日本の詩歌 第6巻』中央公論社 p42)。

 「冬の雨」中の一首。湖とは諏訪湖のこと。初句の「ひと平ら」、なかなか出てこない言葉だと思う。二句も出てこないのではないか。読むとなんの引っ掛かりもなくすんなり読めるが、私の中からは出てこない言葉だと思った。
 読みながら視界が足元から流れていき、彼方の山へと導かれる

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私の好きな短歌、その9

あからひく光は満てりわたつみの海をくぼめてわが船とほる

 島木赤彦、歌集『太虚集』より(『日本の詩歌 第6巻』中央公論社 p65)。

 「満州」中「二十九日大連出帆」の一首。赤彦はこの年、南満州鉄道株式会社に招かれて満州へ行った。初句と三句の枕詞が一首を古風にし、重厚なリズムを生んでいる。古代から変わらない壮大な風景があり、そのただ中を作者の乗った船が静かに進んでいく。「くぼめて」が見事。これ

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