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馬に寄り添いケアする、ホースマッサージセラピストのお仕事。

先月、弊社から発売された『プロの履歴書からわかる 生きものの仕事』という、生きものに関わるさまざま仕事を紹介する本があります。

この本をつくるにあたり、実際に生きものに関わる仕事をしている人たちを取材をする機会があったのですが……その中でも、強く印象に残ったのが乗馬や競走馬の身体をマッサージし、馬の心身をケアする「ホースセラピスト」という仕事をされている佐山さんのお話でした。

まだ日本では知名度の低い仕事であるホースマッサージセラピストとはどんな仕事なのか。どうやったらなれるのか。現職でプロとして働く佐山さんに詳しく聞いてみると、そのお仕事から馬という生きものの難しさ・奥深さと、佐山さんの馬に対する真摯な愛情が伝わってきました。

取材協力:柏乗馬クラブ

ホースマッサージセラピストの佐山さん(写真:松橋利光)

マッサージで、馬の心身のケアをする

——ホースマッサージセラピストの仕事を教えてください。

もう本当に馬のマッサージです。そうとしか説明ができないですね(笑)
馬だけでなく、犬などの小動物もやります。

馬は人を乗せたり、走る跳ぶなどの運動をしたりしているので、筋肉が疲労していることは多くて、そういう馬にとってマッサージをして心身をケアしてあげることは大事です。マッサージをすることで、その馬が持っている能力を全部出せる身体の状態にするお手伝いをしたいと思っています。

身体や心に問題があって気性が悪いとされていた馬が、マッサージの回数を重ねるごとに穏やかになったこともあります。

気持ちいいと不愉快は紙一重。馬の反応をよく観察しながら触ります(写真:松橋利光)

ほとんどの場合、乗馬クラブにいる馬はクラブが所有していますが、一部オーナーさんが預けている馬がいることもあります。私にマッサージを依頼してくださるのは、そういうオーナーさんがいる馬です。

ただ、ここ(取材場所)の乗馬クラブの皆さんはとても良い方で、会員さんが自分の馬ではないけれど、自分がお気に入りの馬にお金を出して依頼してくださっています。基本的には、乗馬クラブが所有している馬がマッサージを受けることは滅多にありません。

過去にはご縁があり、中央競馬*の競走馬や、地方競馬やばんえい競馬の馬のマッサージをさせていただいたこともあります。

*中央競馬……JRA日本中央競馬会

一度は就職したものの、馬を勉強するために海外へ

——佐山さんは、どのような経緯で現在のお仕事をされているのでしょうか。

学生のとき、オーストラリアに日本人が馬と英語を勉強するための学校があることを知ったのですが、その時はお金もないし就職も決まっていたので、3年間くらい働いてお金を貯めてからそこへ行きました。当時はマッサージをやろうと思っていたわけではなかったのですが……。

で、乗馬をやっていたのですが、馬を止められなくなって怖くなってしまい授業を欠席してしまっていました。授業の代わりに行っていた研修先の乗馬クラブに、アメリカから講師が来て馬のマッサージの講習を開くと知り、高校生の頃に運動部のマネージャーをやっていたこともあって「馬にもマッサージってありだよね」と思い、参加することにしました。

ただ、そこは日本人が1人もいなくて、全然英語もわからず「筋肉の名前なんて日本語でもわからないのに……」と、泣きながら通うことに(笑) 現地の人の助けもあり、なんとか講習の認定証(民間資格のようなもの)をとることができ、その後も学校の空き時間や放課後で馬に触らせてもらいました。

日本帰国後もマッサージを続けたかったけど、当時は「馬にマッサージ?」という雰囲気で、なかなか触らせてくれるところがありませんでした。そこで、乗馬クラブに入会し、仲良くなってからマッサージをさせてもらうことにして、一年半くらい練習させてもらい、だいぶ自信もついたところで2002年からフリーランスで馬のマッサージを始めました。


大事なのは「馬に何がしたいかではなく、自分がどうあるべきか」

——今、ホースマッサージセラピストになるにはどうすれば良いでしょうか。

馬のマッサージについては、日本にも教えている人がいて民間資格もあるのですが、やはり海外に行った方が馬に対する考え方が日本とは全然違うので良いかもしれません。

技術的なところは、実際にやって身につけるしかないです。

私も、昔はもっと馬を怒らせていました。というより、馬が怒っていた。なんでかな?と思って考えてみると、私がイライラしているときにマッサージすると確実に怒っていたんです。

「やりがいの一つは馬のそれまで見たことがないような『気持ちいい』の顔を見られたとき」と語る佐山さん。取材の時も最初はイライラしていたサラブレッドが、マッサージが気持ちよくなるとウットリとした表情に(写真:松橋利光)

馬は、「陸のイルカ」と言われるくらい人のことを癒してくれる動物らしいのですが、それだけ本当に繊細で、敏感に色々なことを感じ取る能力が高いように思います。

それで触っている人間の——自分自身がないことにしてしまっていたような深いところでくすぶっているイライラとか、ドロドロしたものも敏感に感じ取って、イライラし始めるようなのです。

だから相手に何をしたいかではなく、自分がどうあるべきかというのが大事で、それに気がつけないとマッサージは逆効果になってしまう。その辺のことは私も教わってはいないし、獲得してきたものです。そういうのがわかるまで馬を触る機会を作れるか。

あと、馬の世界って家族や親戚が馬関係者とか、小さい頃からやっていて……というような人が多いんですよ。そういうコネとか経験がなく、一回社会人を経験してから初めて馬を触りましたというような私が、今でも馬を触り続けていられるのは人とのご縁のおかげなんです。

だから馬関係者とつながりを持てるか、そしてつながれるかどうかの運、マッサージのテクニックや知識。ホースマッサージセラピストとして活躍するには、全部必要かもしれません。

馬のセカンドキャリアについて考えていきたい

——今後の夢や目標があれば教えてください。

今、馬は年間7000~8000頭くらい生産されていて、そのうち競走馬としてデビューできるのは3000頭くらい。半分もいかないんです。能力的に走らないとか、あとはいろいろな理由で死んでしまうこともあります。デビューできなかった馬の多くはお肉になります。

そして、中央競馬で競走馬としてデビューできたとしても、勝っていくには狭き門で、次から次へと次世代が入ってくるし、もう限界かな、頭打ちだなとなるとレースから弾かれます。

そうなると中央から地方競馬へ行ったり、乗馬クラブに乗馬用の馬として行ったりするのですが、そうしたキャリアを辿れる馬は超ラッキーです。

また、最近は日本の競走馬が世界で活躍していることもあり、競走馬を引退した馬のセカンドキャリアを考えて、乗馬用へとトレーニングされることも多くなったのですが……日本の乗馬クラブが飼育できる頭数は限界があるので、トレーニングされた若い馬が入ってくれば、古い馬が弾かれるだけなんです。歳をとっているとも言えないような子たちが肉になる。

そういった馬のことを考えると、もっと日本の馬の生産頭数を減らすとか、根本的なことを変えないといけないと思うのですが、非常に難しいですね。難しいと言っている間はこの現状はなくならないのですが……。

ドクタードリトルのように話せたら、動物カウンセラーになって色々な話や愚痴を聞いて、ストレスの捌け口になりたいところなんですが…(笑)と語る佐山さん(写真:松橋利光)

日本人にとって、馬という動物は、犬や猫に比べると遠い存在で現状がなかなか変わりにくいです。

だから、もっと人が馬を身近に感じることができ、また馬たちが「楽」に過ごせるような場所を作りたい。そして、エディ・マーフィーの「ドクター・ドリトル」のように(笑)、馬たちの悩みを聞いて、寄り添い解決できるような人間になることが、今の夢です。


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佐山さんの履歴書は、書籍『プロの履歴書からわかる 生きものの仕事』(著:松橋利光)内にても紹介。


動物の飼育員、獣医、レンジャー、研究者……。どんな仕事なのか、どうやったらその仕事につけるのか。生き物のプロフェッショナルたちが全部教えます! さまざまな生きものに関わる仕事のうち、飼育員、獣医、研究者など定番なものから、離島の調査員、馬のマッサージ師、標本師などあまり知られていないお仕事までを掲載。