【実話】タイ射撃会社ものがたり#8 オーさんの反抗と新しいビジネス
「社用車が手に入ったな」
と社長の高村(こうむら)。
激務に逃走した若山くんの代わりに採用したタイ人のオーさんのボロボロ日産サニーだ。
「ですね」
「これはおいしいぞ」
「ですね」
ドイツ車や日本の高級車には遠慮して走らなければいけなかったが、2人、3人のお客の場合、オーさん1人で「射撃ツアー」に行かせられる。
おまけに朝、市場でショットガンの的につかう氷のブロックとスイカも買って来させられる。
さすがにガソリン代は払っていた。
私は「営業」にもどって、社長はタニヤ通りという夜の街で遊ぶ資金ができてきた。
事業が拡大してきたのだった。
でも私はオーさんがチップをガメていることを知っていた。
白人はもともとチップを払う。
しかし日本人の客は私や社長がアテンドするとチップは払わない。日本人どうしだからだ。
でもタイ人のオーさんだとチップを払う。
陸軍の軍曹たちから文句が私に入った。
私はオーさんと二人きりになり、チップは軍曹と均等に分けるように、と言った。
「なぜですか?これは私たちのビジネスです」
「そうです、でも私たちは彼らの施設を使っています、チップはその場にいる人数で同じ額で分けてください」
オーさんは少し血走った目で私を見た。
「半々です、私が半分。残りの半分を軍の人で分けてもらいます」
「ダメだ、それは平等ではない、社長にこれまでのことも報告されたくなかったら人数分で割れ」
タイ人は一見おだやかそうだが、怒らせると怖い。
空手をやっていたし、山岳部にもいたし、またその後の「世界旅行」のあいだもトレーニングを続けていたのは、こういうときに引かないためだ。
「これから人数ぶんで割ることにしたら、社長には言わないでくれますか」
オーさんは折れた。
「あぁ、約束する」
「分かりました、カオルさん」
このときに私とオーさんのチカラ関係も決まった。
先に入社して、日本人だからといっても、自分のほうが年上だということで、年長者が敬われるべきというタイ文化ではオーさんは私の指示・命令に快く従わないところが見えかくれしていた。
でもこの一件から私のことを「上司」と位置づけてくれたようだった。
ある日、いつも遅く来る社長の高村が私より先にオフィスにいた。
「すみません、遅れました」
オーさんは「買い出し」があるので、もともと出社時間は違う。
「ええねん、ええねん」
なんだか上機嫌だ。
「ええこと思いついたんじゃ」
「なんですか」
「まぁ、あとのお楽しみじゃ、オーさんが来てからにしよ、チラシ配ってき」
「はぁ」
ショッピングモールへの宣伝チラシを配り終えると、オーさんもオフィスに来ていた。
高村が、
「よーし、みんなそろったな」
3人だけれどね。
「我が社は新規事業に進出する」
高々と宣言した。
「責任者はカオルだ、任せるぞ」
「はぁ、なにをするんでしょう?」
「ケータイ電話のレンタル事業じゃ」
「誰に貸すんです」、と私。
「分からんか?観光客や」
私はすぐにピンッときた。
当時のタイは携帯電話の値段が高く、短期滞在の観光客が買うのには高すぎた。SIMカードを差し替えるだけで自国の携帯電話がつかえるわけでもなかった。
オーさんは、「そんなにカンタンに借りてくれますか?」
私は、「いや、社長のアイデアはいい、これは儲かりますよ」
「そうやろー、ゆうべタニヤで飲んでいるとき、隣りの観光客の愚痴から思いついたんや」
「おぬしはわしの交際費が高いちゅーて文句をゆーが、こーゆーところで還元されんのよ」
「はいはい、それで私が『責任者』とおっしゃいましたね、それでは具体的な私への成功報酬の条件交渉に入りましょう」
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