
読書感想文 小川洋子 著 「冷めない紅茶」 音を吸収してしまう小説 無音を味わってほしい
小川洋子 著「冷めない紅茶」を読んだ。短編集で「冷めない紅茶」と「ダイヴィング・プール」の二編が収められている。初出は1990年雑誌「海燕」。ずいぶんと古い作品になる。92ページほどの短編だ。
読んだ誰もが感じると思うが、その静けさだ。本当に音がしない。小説だから文字が連なっている。けっして描写がないわけでもない。テーブルやポットが書かれてもいる。登場人物が話したりもする。話していて無音でないにもかかわらず、静かなのである。
雪が降ると、雪が音を吸収してしまい静かになる。雪という物体が地面を覆っていく。そして雪が積もれば積もるほど静かになっていく。この小説も言葉が積もっている。しかし言葉でできたものが、私の周囲の音を吸収してしまうのだ。
この小説は最初から死についてから始まっている。でもその死が海の底での出来事のように沈殿している。この小説でも事故による劇的な死がある。それにもかかわらず、劇的なものがはく奪され海に沈んでいく。劇的なものが静かさの中に吸収されている。死が沈黙であるから静寂であるのは当たり前なのかもしれない。でも多くの場合静寂でなく饒舌だ。悲しみや亡くした者への言葉が、ここでも吸収されてしまっている。
私はこの本を去年できた町の施設で読んでいた。コーヒーも買うことが出来るカフェ的な部分もある施設だ。午前中なので人は一人いるかどうかだった。大きな窓からはその施設に隣接している農協に現金を運ぶためであろう、二人の警備会社の人がバンを横付けしていたのが見えた。その風景でさえもこの小説の磁場の中では静かだったのだ。世界を丸ごと変えてしまう小説の力を味わった。
私の言葉では伝えるのは難しい。でも言葉だけでこれだけの世界を変える力を味わえるのは小説ならでわだ。ぜひ手に取って読んでみてほしい。