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入院から人生を考える
◇◇ショートショート
事故はある日突然起きました。
まさかそんなことが起きるとは。
潔は側溝に足をとられガクッとしたかと思うと、反対側に倒れ込んで、とっさに「あっ、まずい」と声を出しました。
そのアクシデントから数日経っても、いっこうに足の腫れがひかないので、病院で診察を受けて、複雑骨折していることが分かりました。
「この痛みはただ事ではないな」と思っていた潔は検査結果を聞いて納得でした。
「やっぱり骨折してたか、痛いはずだよ、俺も歳を取ったもんだ」と落胆していました。
その日から潔の病院での闘病生活が始まりました。
これまで一度も入院したことが無かった潔にとって、今回の入院は考える事ばかりでした。
コロナ禍なので、家族や友人とも会えない寂しい闘病生活です。
その期間に、自分のこれからについて深く考えることになりました。
手術後の潔は、暫くの間、車イスを使い、松葉づえになり、リハビリを重ねてこれまでのように歩ける訓練をしています。
潔が入院している間に、同じ病室には様々な人たちがやって来ました。そのほとんどが70歳以上の高齢者です。
転げて腰を骨折した認知症のお年寄りや、大きな事故で瀕死の男性、若くして脳梗塞を患い人生を落胆している人など、様々な病状の人たちが入院して手術を受けていました。
潔は患者の姿を見ていて、人の寿命について真剣に考えました。
命は永遠ではないと改めて悟ったのです。
自分が持つ今のエネルギーがいつまで続くのか、自分が思うように体を動かせるのは後どのくらいなのかを考える大きなきっかけになったのです。
潔は病室で出会った人たちと自らを比べて、リハビリを続ければ元のように歩ける自分は幸せなんだと思いました。自分をしっかり見つめ直す時間を持てたことも幸いでした。
健康の大切さを噛みしめたのはもちろん、限りある人生を人としてどう生きていくべきなのか、自分にとって、大切なものは何なのか、これからの人生の生きがいになるものは何なのか、じっくり考えられたのです。
潔は、自分の今の思いを大切に残しておこうと考えました。
その時々の感動を忘れないように、短い言葉で表現して、それを日記のように記していきたいと思ったのです。
潔は、その日から毎日、病室から見る風景や感動した小さな事柄を俳句に詠んでノートに記すようになりました。
俳句は潔の祖父が親しんでいた文学でした。
入院して2ヵ月、潔のノートには彼の今の思いが記されるようになりました。
今の自分を振り返って、潔はこれは怪我の光明かも知れないと思いました。
彼の俳句ノートには
「やっと出た 母の声聞く 冬の月」
「ブラボーとギブスない足 冬うらら」
そして、退院する日には
「冬の朝 新しき日に思うこと」
そんな句が並んでいました。
怪我で入院したことで、潔は人生を見直すきっかけを得たのです。
この時期に入院したのはきっと意味があるんだと悟りました。
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【毎日がバトル:山田家の女たち】
《経験が人生の糧になる》
※92歳のばあばと娘の会話です。
「今まで元気だった人は病気にならないと分からないことがあるんよ、自分は大丈夫だと思うけんね、ショートショートの主人公は入院体験して良かったんじゃあいかなー」
「人は経験が人生の糧になる事が多いよね」
「これからは先の事を考えて、色々して行ったらええわい」
母はショートショートというよりも、身近にいる人のように考えているようです。人生において体験は無駄にはなりませんね。
最後までお読みいただいてありがとうございました。
たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。
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また明日お会いしましょう。💗