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音葉と木霊の奇跡
◇◇◇ショートショート
森山音葉は美術室であの時のお兄ちゃんの優しい顔を思い浮かべながら、粘土をこねて顔を作っていました。
あの頃、あのお兄ちゃんにどれだけ心癒されたことか、お兄ちゃんがいなかったら今の私はきっといなかったと思う。
「お兄ちゃんは目が大きくって、鼻がとっても高くって先はくるんと丸くなってた、口角が上がってて、アヒルみたいだった」
そんなことを考えながら、創作を続けていました。
山下木霊は目標だったアナウンサーになっていよいよ初仕事に向かいます。報道から依頼されたのは全盲の女子大生が美術コンテストで初めてとったグランプリに関するインタビューです。
女子大生とアナウンサーの出会いは奇跡的でした。
小学4年生まで弱視だった音葉は、どうにか目が見えていたので、普通学校に通っていました。
母親がシングルマザーだったこともあり、放課後は学童保育の教室に通っていました。その時に、いつもやさしく慰めてくれていた3つ年上のお兄さんがいたのです。
口ぐせは「大丈夫、音ちゃん心配ない、きっと明日は良いことがあるよ」お兄さんのその言葉に、音葉はどれだけ励まされたことか。
クラスメートに分厚いメガネの事をからかわれても、せっかく賞をもらって張り出されていた自画像に髭を書かれてしまっても、クラスの最前列で授業を受けていて、後ろからいたずら書きをした紙飛行機が頬をかすめた時も、その優しいお兄ちゃんの癒しの言葉で慰められていたのです。
木霊は小学校を卒業してからも音葉の事が気になって、良く学童保育の教室を覗いていましたが、音葉が夏休みを過ぎてから来なくなったことに気が付いて、ずーっと長い間彼女の事を心配していました。
「あの子はどうしたんだろう、どうしていなくなったんだろう」と。
それから10年の歳月が流れて、二人はまた出会う事になったのです。
木霊は全盲の女子学生が優秀賞を貰った作品を見て、「この像、どこかで見たことがある顔だなー」と思っていました。
いよいよインタビューが始まります。
「海風音葉さん、今回は美術コンテストの優秀賞おめでとうございます、この受賞作品は誰をモチーフにしているんですか」
「実は私が小学校の頃に、物凄く優しくしてくれたお兄ちゃんがいて、その人をイメージして作ったんです」
「目鼻立ちがはっきりしていて、口角がきゅっと上がっていて、鼻に特徴があるお兄ちゃんだったんですねー」
「ハイ、でもお兄ちゃんにはもう10年近く会っていないので、今はどんな風になっているのか分かりませんけど」
「そうなんですか、もしかしたらこの放送を見ているかも知れないですよ、
お兄ちゃんにメッセージを伝えておきますか」
「ハイ、山上木霊お兄ちゃん、小学生の時のお兄ちゃんをイメージした作品が優秀賞に選ばれました、お兄ちゃんに一番喜んでもらいたいです、あの頃は優しくしてもらってありがとうございました」
音葉がそう言うと木霊は言葉に詰まってしまいました。
「あのー、僕が山上木霊です、もしかして、君は森山音葉ちゃん、音ちゃんなの・・・」
「ハイ、お母さんが再婚して今は、海風音葉になりました」
それから二人はインタビューを忘れて話し始めました。
「私、あれから全然目が見えなくなって、盲学校に転校したの、でもお兄ちゃんの事忘れることが無かったよ」
「ごめんね、僕は全然知らなかった」
「お兄ちゃんの顔、少しも忘れて無いよ、お兄ちゃんの声も忘れて無かったはずなのに、お兄ちゃん声が違うよね」
「あの頃はまだ声変わりしてなかったからね、あれから声が大人になったんだよ」
「私は、お兄ちゃんの昔の声が好きだった、とっても優しい声だったもん」
「僕は、声で情報を伝えることが出来るアナウンサーを目指したんだ、初めてのインタビューが音ちゃんで本当に良かったよ」
「お兄ちゃん、私、お兄ちゃんの顔、触ってもいい」
「もちろん」
音葉は両手いっぱいに木霊の顔を挟んで、懐かしいその顔を確かめていました。
「お兄ちゃんの鼻、高いけど先は丸くなってる、目は大きくって、口角は上がっててアヒルの口みたいになってる、お兄ちゃん変わって無いよ、昔と、変わってるのは声だけだね」
二人は大きな声で笑い合っていました。
二人にとってこの出会いは本当に奇跡でした。
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【毎日がバトル:山田家の女たち】
《ドラマから素敵な刺激を受けました》
※92歳のばあばと娘の会話です。
「目が見えない人の感性は違う五感が伸びるんよね、このお話を聞いて色々感じるよ、あんたそのテーマはどこから・・・」
「私ね、取材でもう学校に何度も行きよったんよ、一人の女の子取材したんじゃけどその子が5年後に私の声を聴いて、私の事覚えとったんよ」
「私、この間辻井伸行さんのコンサートをテレビで見よったんじゃけど、その演奏が素晴らしかった、失っている視力の変わりに聴力が補うんじゃねー」
私はドラマsilentからこのショートショートを発想しました。
ドラマから素敵な刺激を受けました。
最後までお読みいただいてありがとうございました。
たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。
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また明日お会いしましょう。💗