生きている幸せを嚙みしめた時
何気ない日常を過ごしている時に大切な事に気付くことがあります。
母と二人で会話を楽しみながら夕食を食べた後、洗い物を済ませ、シンクをきれいにして「今日のゴミ出しは何かな」とカレンダーをチェック「プラスチックか・・・」と確認した私は、ビニール袋を抱えて、ゴミステーションに向かいます。
夜道を300メートルほど歩いて、橋の近くの集積場所に。
小さな懐中電灯で道を照らしながら「何だか平和だなー、私たちは・・・」そんな事を思っていました。
人通りが少ない道をやわらかな春風を感じながら、片手にゴミ袋、片手に懐中電灯を持った私は、ふと思ったのです。
世界には今、生き伸びるために防空壕に身を潜めている人もいるのに、私は何て平和なのか、そしてなんと穏やかな場所にいるのかと。
日常の生活が当たり前に出来る幸せ、家族と食卓を囲むことが出来る幸せ、さりげなく家事が出来る幸せ、変わりない無い日常を過ごすことが出来ている幸せを感じたのです。
平和を当たり前として捉えてしまっていた私が、不条理な戦いを強いられて、ギリギリところで生きているウクライナの人たちに思いを馳せました。
人は何と残酷で愚かなのか、私は当たり前の日常の中で、そんなことを考えながら、門灯が灯る自宅まで返ってきました。
この日、ゴミステーションまでの往復の中で、私は生きている幸せを噛みしめていました。
辛く苦しい思いをしている皆さんに一日でも早く平穏な日常が訪れることを心から願います。
【毎日がバトル:山田家の女たち】
《家族の幸せから始まると思う》
「日常の何気ない事で幸せを感じる事があらいね、幸せは日常の小さなことからみつけんとね、私は幸せは家族の幸せから始まると思う」
「ウクライナの人たちは本当に気の毒じゃと思うね、家族が離れ離れの人も居るし」
「私ら、あんなになったら生きる気力を失ってしまうと思う、あの人らは偉いねー」
母はもうそれ以上は言えないと言って口を閉ざしました。本当に言葉をなくしてしまうくらい、辛い出来事が続いています。
散策の軽き足どり風薫る
母は優しいタッチのイラストと俳句のコラボを創作しました。周辺は春の柔らかな空気に包まれています。そんな街を心地よく足どり軽く散策する自分自身を詠んだ句です。
春の空気に触れながら、楽しく散策できる幸せを感じます。
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また明日お会いしましょう。💗