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森の精とお父さん◇◇ショートショート

加奈子は急な坂道をゆっくり上りながら思い出していた。お父さんはこの坂を上りながら私に言っていたなと。「加奈子、坂を登るんはしんどかろが、ほじゃけどだんだん慣れてくる、人生には大変な事も多いけど、毎日乗り越えよったら、それが苦にならんようになるけんなー」上る度に同じ坂でお父さんはそう言っていた。

家の近くの高台にある公園までの道のりが親子の毎日の散歩コースだった。

父親との散歩が好きだった加奈子はお父さんのゴツゴツした大きな手をいつもしっかり握って歩いていた。

公園の頂上までゆっくり歩いて30分。その間いつもお父さんから色々な話を聞かされていた。博識のお父さんはまるで物語を話すように加奈子に教えてくれた。

「森の中を歩きよったら落ち着こう、それは木からフィトンチッドいう物質が出とるけんなんよ、その物質には人をリラックスさせる効果があるんぞ」
「森を歩きよったら落ち着くんは、森に1/fのゆらぎがあるけんなんよ、それは人間の心臓の音と同じリズムなんぞ」加奈子はお父さんとの散歩で森の神秘を学んでいた。

ある日お父さんは森の大きな木の側でこんな話をしてくれた。
「お父さんは森の木と色んな話をするんよ、森は優しいけん何でも聞いていてくれるんよ、嬉しいこと、悲しいこと何でも呑み込んでくれるんよ、父さんはいっつもこの木に聞いてもらうんよ、話しただけで心が落ち着くんよ」
加奈子はびっくりしました。いつもどんなことにも動じないお父さんに心配なことがあるなど思いもよらなかったのです。

お父さんが話しをしていると言う木は樹齢が100年近くの桜で、幹の一部に空洞があります。倒木の危機を免れてその姿を留めている、見るからにたおやかな木なのです。

還暦を迎えたお父さんが最近体調を壊して暫く散歩に出掛けられなくなり、一人で散歩していた加奈子はお父さんが話しかけていたと言う桜の木の前で立ち止まりました。何故かその木に引き寄せられたのです。

加奈子は木の側で優しい空気に包まれたと思ったらどこからともなく声が聞こえて来ました。

「加奈子ちゃん大丈夫、お父さんは元気になるからね、心配いらないよ」加奈子はビクッとしました。
「これは誰の声、風のささやき、空耳それとも木の精の声・・・。」加奈子には桜の老木が語ったような気がしました。

その声を聞いて加奈子の心は落ち着きました。

家に帰って加奈子は「お父さん、森の精がねお父さんは大丈夫って言ってたよ」と言うと、お父さんは「加奈子、父さんさっきから何だか力が湧いてきたんだよ、大丈夫元気になると思う」と、言いました。

その言葉を聞いて加奈子はきっと森の精がお父さんに元気をくれたんだと思いました。その時、加奈子は改めて森の力を知ったのです。



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