【CMソング】敢えて昭和設定からみえるもの|真木ひでと「元気の星」(1991)
古いお題
今回は、山田(仮名)と同世代でも知ってるかどうか怪しい名曲、オロナミンCドリンクのCMソングとして起用された真木ひでとの「元気の星」を取り上げます。
今回、元気の星は1991年リリースとのこと。そのあたりの話も絡めたいですね。
まず前提
真木ひでとはソニーミュージックの紹介によると、
とのこと。
まず、全日本歌謡選手権から。
いわゆる視聴者参加型のオーディション番組で、歴代チャンピオンには、
などのレジェンドが並びます。
その中で10週勝ち抜いた猛者が真木ひでとです。
ただ、さすがに、1969年のオックス時代のスワンの涙とか、移籍したソニーミュージックでの1979年の雨の東京…はよくわからないですね。
1991年の登場時
雨の東京から、時は流れて平成に。
1991年、オロナミンCのCMソングに起用された元気の星。
オロナミンCのテレビCMには、この当時、読売ジャイアンツの選手を起用していました。その影響もあると思いますが、
「子供の頃からエースで4番〜」で始まる歌詞と、読売ジャイアンツの選手≒野球エリートのイメージ
古くは、巨人の星に代表される野球≒スポ根のイメージ
オロナミンCから連想しうる元気に合わせたマーチっぽい曲調
闘魂こめて、阪神タイガースの歌(六甲おろし)、いざゆけ若鷹軍団に近い感じの、新鮮さよりも、ちょっと男性っぽさが滲み出る曲
など、いい意味での昭和歌謡テイストが功を奏し、スマッシュヒットとなりました。
山田(仮名)は、当時舐めたガキ多感なお年頃で、真木ひでとの歌だとは知らなかったのですが、もしかしたら、その上の世代の方が馴染み深かったかましれません。
肝心の1991年の読売ジャイアンツは不振で、広島東洋カープがセ・リーグ優勝を決めましたが、元気の星は巨人の不振を尻目に快調に飛ばしていったように、幼心に記憶しています。
多分リメイクはないだろうが
元気の星は、球団公式ソングではないので、球場で歌われることはないと思います。
もし、使うとしたら、現代の事情を考慮し、2番の歌詞は差し替えるんでしょうね。
1991年当時(今の)この地上波テレビでNPBでは巨人戦がデフォだった時から30年以上…。
巨人の公式戦もBSや日テレG+がメインとなり、他のNPB11球団の試合も、BS、CS、DAZNなど動画配信サイトで気軽に観戦できるようになりました。
と同時に、選手への応援の仕方、取材のあり方も1991年とは様変わりしました。
一部オールドメディアの取材対応によって、MLBの選手から出禁を喰らうような騒動もありましたね。
閑話休題。
ただ、変わりゆく時代であっても、元気ハツラツはどの時代でも求められている要素だと思います。
中々、ノーテンキに元気ハツラツという世相ではないと思いますが、元気の星と歌詞にある力強さと強い意思は持ち続けたい…
とは思いますね(嘆息)。
(了)