家族旅行のススメ。(前編)
私には今年、82歳になる実母がいる。
母は何を根拠にかは分からぬが80歳が寿命のボーダーラインと思っているらしく、七十を過ぎた頃から「もう10年切った。」と言い出すようになり、80歳を過ぎる頃にはブーストをかけたように死へのカウントダウンをちょいちょい言うようになってきた。
そのカウントダウンを聴くたびに、「宇宙戦艦ヤマトか。」と静かに心の中でツッコむワタシ。"地球滅亡まであと○日"みたいな。あながち間違いではないが。(不謹慎)
そんな余談はさておき。
そんな心の陰りを見せ始めた母を見兼ねてか、母の寿命宣告に当てられてか、私の弟がこう言ってきた。
「ねえちゃん。近場で一泊でもいいから、お母さんを連れてみんなで旅行に行かないか。」
そこから話は始まったのだが、当時は息子の大学受験だの、仕事で都合が合わないだの、そうこうしているうちにコロナ禍となり、その後withコロナを提唱されてからも人の多さに母は不安がり、話は延び延びとなっていた。
その間も「落ち着いたらみんなで旅行に行こうね。」なんてどこか他人事のようながらも時々話題にはなっていた。
"落ち着いたら"
"落ち着いたら"はいつなんだろう。
月日は流れ、今年2月。
気が付きゃ、母はボーダーラインを越えていた。
皆、コロナの世に慣れ、仕事も学校も落ち着いている。八十一になった母だって地域のヨガサークルにバリバリ通っている。時々友達の家にも電車を乗り継ぎお泊りに行っている。
息子だって大学受験どころか今や大学3年生。
そんな息子が言った。
「そういや旅行っていつ行くん。僕、今年の夏くらいから就活始まるし、簡単に休み取れへんで。」
「あー。」
気まずさを余すとこなく表情に出すワタシ。
そういやそうである。就活。もうそんな歳に。
感慨深く、そして感心した。息子は就活に向け、きちんと今後の見通しを持ち、やっておくべき事を考えていたのだ。
それに反して、忙しさにかまけ案件を延ばし延ばしにしていた私達。
どこに出しても恥ずかしい立派なザ⭐︎ダメ大人である。
これではいかん。
これから社会に羽ばたく若者に大人として親として矜持を示さねば。
普段はアレでもやるときゃやる大人なのだ。
パソコンに向かい、宿のサイトを開いた。
今や何でもネットで予約らしい。…J○B、じ⚪︎らん、トリ○ゴ、楽○…色々ある。
……い、一体どこで予約すればいいねん???
我が家は泊り旅行をほぼした事がない。
去年まで猫を飼っていたというのもあるが、どこかに出掛けるにしても、当日の朝にいきなり「西に向かおう。」と、方角だけを宣言し出発するという恐ろしくザックリした日帰り旅行が殆ど。目的も無い。計画性の無い行き当たりばったり家風もろ出し。
しかも、超アナログ人間でAmazonの買い物さえ躊躇する電脳アレルギーな私がネットでイチから調べて予約て。
その時点で私の前には何重もの"面倒くさい"という名の壁がそび立っていた。
前言撤回。
私は大人の矜持と恥を秒で捨て、普段から時間とお金さえあれば、どこにでも行く息子にネットでの宿の取り方から、おすすめの旅先を教えてくれとすがった。
話を聞くとネットで予約するとお得な事が多い上に、サイトによって値段も違うらしい。
一体、どないな仕組みやねん。
知ったもん勝ちの情報強者社会にすっかり乗り遅れている事を実感する。
正直、息子は学校が始まれば、夏を待たずして割と忙しくなる。つまり今、春休み中に決行できるのがベスト。
間違えるなワタシ!
"落ち着いたら"は今なのだ!時間は有限!ジャスト ナウ!
ワタシは母と弟と夫に声を掛け、夫のその週の仕事がちとハードになるという犠牲を払い予定を組んだ。
私はネットであれこれ旅のプランを調べる事を諦め、大人しく本屋へ走り"じゃらん"を購入した。アナログ万歳。
税込1155円。旅行前から中々の出費である。
しかし、右も左も分からない者としては、ピカイチ分かりやすい。しかも、よく見りゃ1155(いい孝行)と語呂もイイじゃないか。
こんな事に気付いちゃうワタシも素敵。
場所は和歌山県白浜。一泊二日。
もうみんなのスケジュールを鑑みてコレが精一杯。春休みシーズンな上、急に決めたからという計画性の無さの賜物でもある。
結局、宿やレンタカー、高速割引の予約は息子がポイントや情報を駆使して、ええ感じに手配をしてくれた。運転も進んで買って出てくれた。
偉そうに語った割に私はほぼ何もしていない。
1.旅の心得。
3月某日の土曜、雨続きだった空は見事に晴れ、朝一番に息子は夫と自家用車でレンタカー屋に向かい、息子はレンタカーの三菱デリカに乗って帰ってきた。
その頃には母も弟も集合し、待機。
母はおしゃれな鞄と、動きやすい靴を履き嬉しそうである。
が。なんか大きな紙袋を持っている。中を覗くと驚くほどの大量のお菓子が入っていた。しかもクーラーバッグが入っている。嫌な予感がする。
中を開けるとコーヒーゼリー×5が入っていた。
……いつ食べるんだコレ。
「お母さん、コレ食べれる暇がなかったらどうするのよ。」
「だって、コレおいしいねん…。みんなで食べようと思って。」
珍しくしおらしい母。そんな姿を見せられちゃあ、もう何にも言えない。
ふと見ると、弟も弟で身の回りのものが入っているであろうリュックの他に何だかデカいトートバッグを持っていた。
「ナニソレ?」と、聞くと無言でヌッとデカいトートバッグからボードゲーム(カタン)を取り出した。
…でっけぇ。
いや、カタン、面白いで。楽しいで。
……でも、いつやるの?ソレ?
母も弟も旅行120%楽しみたいのは分かった。
でも多分、荷物になって終わりやと思う。でも「要らん。置いてけ。」とは言えなかった。
見なかったことにした。記憶から抹消。
そうして荷物を積み込む。
おそらく出番がなかろうオヤツとボードゲームの横に、夫がいそいそと紙袋をひとつ荷台に載せようとしている。
何かと思って中を見たら夫のマイ枕だった。
絶対要らん。
ワタシは玄関に枕入り紙袋を戻した。
2.サービスエリアと感謝の心。
お昼を摂る為にサービスエリアに寄った。
旅が決まってから、私はより良い旅のプランの為に時間があればじゃらん(本)とスマホをにらめっこし慣れない日々を送っていた。
ストレスに弱いワタシは、そのせいかお腹の調子がこのひと月ずっと今ひとつよろしくない。
本当は昼食に和歌山市内で本場和歌山ラーメンを食べる予定だったのだが、胃腸の調子の悪い私を慮ってか、誰ともなく「ラーメンじゃなくていいよ。種類も選べるし、サービスエリアで済まそうよ。」「別に絶対ラーメン食べたいわけじゃない。」と、言ってくれたのだ。
こっくり濃い豚骨醤油の和歌山ラーメンは"早や寿司"(小ぶりの鯖寿司)と共に食べるのが定番。美味しそうだが、お腹には優しいとは言い難い。
感謝である。
しかし、サービスエリアのフードコートの机に揃ったのはワタシ以外全員"和歌山ラーメンセット(柿の葉寿司付き)"だった。
みんな、やっぱりラーメン食べたかったんやん……。
ワタシは和歌山名物めはり寿司をモソモソと食べながらそっと涙した。
そして、母と弟が柿の葉寿司を柿の葉ごと食べようとして息子に慌てて止めらる姿を見て鼻水が出た。
とりあえず、ワタシ的この旅のテーマは"感謝"で行こうと心に決めた。
3.白崎海洋公園と荒ぶる道。
日本のエーゲ海と評され、白い岩肌の石灰岩は二億五千年前のもの。よく観るとウミユリの化石なんかも混じってるらしい。残念ながらワタシは見つける事ができず。
春の空は白く霞がかっているも、白い岩肌にその空と海はとても美しかった。
母ははしゃぎまくっていた。只々、美しい場所だったが、海洋公園までの道中が山沿いの崖っぷちの道でなかなかスリリング。
悪路が大好きな夫がこの区間を運転し「やっぱり道はこうでないと!」と名言を吐き目を輝かせ生き生きとしていた。
普段、あまり表情を出さず物静かな彼がこの旅で三度ほど輝かんばかりの表情をするのだが、これが一つ目。
私は車の免許を持っていない。感謝。
4.崎の湯にて。
日本書紀や万葉集にも記されており、砂岩に侵食された窪みが自然の湯船になっている。
海が間近に接しており、完全野外。地球をダイレクトに感じる。
晴れてりゃ最高、雨ならそれはそれで楽しいかも知れないが、海が近すぎて危険なので天候が悪けりゃお休みになることもあるこの温泉。
晴れている日を優先にプランに組み込んだ。珍しいもの好きの母は大層喜び、湯上がり後も「体が全然冷めない!」と感動していた。
ちなみに男湯では、息子、弟、夫、三人が海の近さと海ギリギリの湯船先端の行くと、近くの施設から割と丸見えになる事に驚きつつ湯船に入ったらしい。
弟は「外から丸見えだァー。」と言い、夫は「男だから別にいいけどねー。」息子は「屋外で公然と裸になっていても犯罪にならないって最高。」と、危ない扉を開きかける発言をしながら楽しんだもよう。
ちなみにワタクシ、数日前から肩(首)こりで湿布を貼った所が激しくかぶれていた。日にち薬と何もせずいたのだが、ずっと痛痒い。
この湯に浸かり若干マシになった気がしたので、首を見せながらその旨を皆に言うと、皆んなは首をみて顔を歪ませ「絶対気のせい。そもそも一回の入浴でどうにかなるカブれ方ではない。」と、口を揃えて激しく否定された。
効能に慢性皮膚病とあったので、温泉から何かしら得をもぎ取ろうとする浅ましいワタシの思い込みか。
しかし思い込みでどうにかなっている気がするなら、それはそれでお得であるような気がした。
4人がかりで一斉に否定され若干凹んだが、5秒で立ち直る。
「こんな温泉初めて!」と、無邪気に喜ぶ母と、温泉客以外の不特定多数にモロだしを見られるリスクをもろともしない、おおらかな男性陣に感謝。
5.千畳敷と親子。
全国に千畳敷はいくつかあるらしい。しかし、関西圏に住む私には千畳敷と言えば、ここ南紀白浜の千畳敷だ。
所々心ない観光客による岩盤へのいたずら書きに心が痛む。そんないたずら書きも随分と薄くなっている痕跡に悠久の時間を感じた。
陽は傾き、春の日差しは黄色味かかっている。
息子と夫は隆起のある岩盤を乗り越え海に向かってずんずんと進み、もうずっと遠くにいた。小学生男子の心を忘れない20歳と50歳。
母も非日常の風景に興奮してか「あそこまで行きたい!」と、こっちが心配するくらい歩いて行く。私は以前足首を骨折し痛い目を見ているので、足場が不安定な岩肌を慎重に歩く。
ふと前を見ると弟が母の手を引いて歩いている。
弟は小さい時、海のさざなみが苦手でよく波打ち際で母にしがみ付き抱っこされながら、大泣きしていた事を思い出した。
あの時の姿は今この姿を見る為のものだったんじゃないだろうか。
潮の匂い。
波の音が聞こえる。
なんとも言えない気持ちに襲われ私は写真に収めた。
この光景に感謝。
【後編に続く。】