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おしゃれサロン ナカムラ。

結婚した頃からずっと私は"バーバー ナカムラ"をやっている。
やっているといっても私は理容師免許もないし、お店もない。

いわゆるホームカット。お母さんがおウチで髪を切るという、またの名をママカットというやつだ。

ママカットといいつつ、お客様は夫。

夫のみ。

いっとき、息子もお客様であったが彼はつむじが2つあり、そのぶつかり具合が激しすぎて、バーバー ナカムラの腕では対応しきれないので外注(ちゃんとした床屋さん)にしている。

そもそもなぜ私がバーバー ナカムラを開くことになったかと言うと、夫が予約をして散髪に行くの面倒がり、ふと髪を切りに行こうかなと思い立つ時は、なんの因果か奇跡か大体散髪屋さんの休みである月曜日。彼自身が髪を切りに行けない自業自得スパイラルに陥っていたからだ。

それでも独身時代は何とか散髪に行き、小綺麗なお兄さんだった。

ただ、結婚をした頃ぐらいから仕事が殊更忙しくなり、休日は疲れ果ててしまい"休みに散髪で時間を割かれたくないおじさん"が、一丁出来上がった。

しかしながら、それでも毛は伸び生えてくる。

そんな姿を見て私は"これは何とかせにゃいかん。"と伸びの気になる所を見つけると、甲斐甲斐しく夫の髪をチョキチョキ切っていた。
夫も仕上がりに満足そうではあったが、やはり小手先の仕事。限界はやってくる。
立ち上がるワタクシ。面倒見良しの絵に描いたような長女気質。
(ちなみに夫は末っ子。)

思い立ったら止まらない私は全力でチャリを漕ぎ、ホームセンターでホームカットバリカンセットを購入した。
アッチメントが豊富で簡単なボブカットから丸坊主までこのセットでいけちゃうヤツ。

夫は下手したらどんな髪型になってしまうのか分からぬのに「ああ。そりゃあ楽になるなぁ。」と呑気に頭を差し出した。

洗面所に新聞を敷き、風呂の椅子を置き、髪をキャッチする為に散髪ケープを夫に装着する。首には毛が入らない様にばっちりタオルを巻く。

「いざとなったら丸坊主に。」
を、合言葉に電源ON。


        "ゔぃーーン!"

ピカピカの電動バリカンは「俺は有能だぜ!!」と言わんばかりの雄叫びをあげながら、森を越え腐海になりつつある夫の頭を芝刈り機ヨロシクな感じでバリバリと刈り出した。

ご丁寧にセットの中には髪型別カットの仕方が書かれたハンドブックが入っていた。
最初は全体の長さを揃えるらしい。6センチのアタッチメントで刈り揃え、それから部位によってアタッチメントを換え刈り込む。

ハンドブックを片手に確認しながら、苦戦して1時間ほど掛かって刈り上げた。

夫の髪はいい塩梅のクセがあり、苦もなく普通に刈っていくだけでいい感じのヘアに仕上がった。
仕上げにハサミで揃えたり、スキバサミで毛量の調節をして終わり。

自分で言うのも何だがイインジャナイ?

夫はそのバリカンの有能さに感動し、散髪したい時にすぐ出来るいう彼にとって最大のメリットをもたらすこのママカットが大変気に入ったらしい。
"バーバー ナカムラ"ここに誕生である。
私を褒め称えよ。夫よ。

それからずっと数ヶ月に一度、私が夫の頭をカットしている。私はその度に「この度は"バーバー ナカムラ"をご利用頂き有難うございます。」と一言言い散髪を始める。

そして幸いな事に大きな失敗もなく、夫は最終奥義"丸坊主"になる事もなく今に至る。

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そんなこんなで18年も経つと、色々こなれくる。
最初は、最悪丸坊主になるという緊張に背筋良く前を向き座っていた夫だが、今やカフェで寛ぐような姿勢でスマホを弄りながらじっと座っている。

しかも、髪をキャッチする散髪ケープどころか衣服を一切装備せず一糸纏わず全裸で寛いでいる。
パンイチなんてしゃらくさい。
堂々たるその姿にミケランジェロのダビデ像もロダンの考える人も困惑するだろう。

理由は狭い洗面所なので夫が邪魔がり、私も複雑な作りのケープの後片付けが大変だからと早い段階で廃止となった。
全裸なのも刈った細かい毛を、そのままお風呂に入って流せば良いからという理由だ。
無駄と便宜さを追求した合理的スタイルとなっている。

そして、私は私でそんな全裸の夫をもろともせず、ハンドブックを見ずに何ならオリジナルの手順を入れて、オーストラリアの屈強な羊の毛刈り職人の様にズバズバとバリカンを走らせる。
最初、1時間掛かっていた毛刈り…ではなく散髪は今ではものの20分程で終わるようになった。

「終わったで〜。」と、声をかけると夫はおもむろに無言で立ち上がり、座っていたお風呂の椅子を持って風呂場に直行。

また昔と今では色々と状況が変わる。夫の量が多く、ハリのあった髪は今やコシが無くなり、最近一部分が若干寂しい……気がする。
別に本人は気にしていないので良いのだが、カットする私は別。
ちょっと長さの調節に(とても)気を遣う。

「ゔぃーーン!」と勇ましい雄叫び上げていたバリカンだって、心なしか「ゔぅーーン…」とおじいちゃんの唸り声の様になっている。
まだまだ現役ではあるが、やはり18年経つのだ。

ふとハンドブックを久しぶりに見ると、カットモデルさん達の服装と髪のセンスの前時代ぶりに驚愕した。

きっと私か夫が歳を取り、召されるまで"バーバー ナカムラ"は営業し続ける運命なのだろうなと思っていた。

         ***

↓18年前は見ていてもさほど違和感は無かったのだから、時代や流行って不思議。ご丁寧に髪の少ない人のカットまである。

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↓本当に?

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しかしながら、このバーバー ナカムラ。
去年、営業17年目にしてちょっとした転機を迎えた。

何故ならば、去年からのこのコロナ禍での出来事。近くに住む姑から「お願いがあるの。」と、電話があり行ってみると「伸びた髪を切ってほしい。」とのこと。

姑は持病があり、高齢。
なのでコロナには殊更気を付けていて、美容院に行く事に不安を感じての事だった。
丁度、ニュースで美容院でクラスターが起きたと話題になった頃だった。
そんな時にふと私がバリカンを駆使して夫の髪を刈っている事を思い出したらしい。

正直迷った。夫はカット大失敗したとして最悪、丸坊主にしてリセットできるが、女性である姑はそうもいかない。
しかしながら、まだまだコロナウィルスがどんなものかもはっきりしてなかったこの頃、姑の不安な気持ちもよく分かる。
「揃えるくらいのカットしかできないから、次はちゃんと美容院に行ってくださいね。」
と、姑に伝え引き受ける事にした。

次にカットが必要な頃には、美容院だって色々と対策を講じているだろうと思ったからだ。

私はカットに必要な一式を持って、夫の実家の土間にパイプ椅子を置き、そこで揃える程度に姑の髪を切った。

しかし数ヶ月して、また姑から「髪を切ってほしい。」と要請が来た。

オヨヨ?「次回は美容院に行ってくださいね。」ってワタクシお願いしたハズですが???

しかも姑は気楽な感じで「もう、バーンと短くしちゃっていいから!」と、言ってきたのだ。
"バーン"と、言ったって"バーン"と出来るものでもない。
ついでに言うとその"バーン"は難易度が上がる"バーン"でもあるのだ。

しかし、私は面倒見の良い長女気質。コロナはまだまだ猛威を振るっている。

「……ワカリマシタ。」と、覚悟を決めバリカン、ハサミ、スキバサミと"散髪三種の神器"を手に再び姑の元へ向かった。

行く前に短めのカットをされた年配女性の画像をくまなく検索しイメージを掴んだ。例の前時代のハンドブック、ショートカット編を頭に叩き込み、イメトレだけはバッチリ。あとは実践あるのみ。
バッチコイ。しまっていこう。

前と同じくパイプ椅子に座り待つ姑にタオルを巻き大判の風呂敷数枚をケープ代わり巻いた。
"ゔぅーン"と、バリカンを無心で走らせスキバサミを駆使して仕上げる。
時には小粋なトークを繰り出し、私の不安を悟らせないようにした。
そして、姑の柔らかな髪をまとまりよく短くカットする事に何とか成功。
イメージは佐伯チズさんちょい短めver.である。

これが良かったのか悪かったのか以降も、超絶気楽に「テッちゃん頼むわ〜。」とお呼び出しが掛かる事態となっている。
コロナもまだ収まりそうにない。
結果、ここ一年"バーバー ナカムラ"は夫以外に姑という顧客が増えた。


女性のお客様が増えた以上、もうバーバーと名乗る訳にはいかない。

「おしゃれサロン ナカムラ」

今や私はカットを始める前に夫にも姑にも「この度は"おしゃれサロン ナカムラ"をご利用頂き有難うございます。」と一言言い、うやうやしく一礼をしてカットに臨んでいる。

因みに姑からは報酬にとお肉やなんか色々いただいている。ラッキーである。
夫からは何にもない。




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