台風が来ると思い出す。
8月末、騒ぎに騒いだノロノロ台風。
当初関西にある私の住む県に真っ直ぐ直撃すると言われていた。先の地震と天災に神経が高ぶる私。
だが、台風は結局いろんなルートを辿った末に私の住む県に来る頃には温帯低気圧に変わって行った。
息子もこの週、一週間の泊まり込みインターンの予定だったのだが、台風の影響を鑑み、一日だけでインターン終了。被害に遭われた方には申し訳ない言い方なのだが、何とも個人的に色々と肩透かしを食らった。
毎年、台風の報道をされると頻繁に耳にする警戒という言葉や、過去の台風による大災害の映像がTVから流れるのだが、それを目にする度に思い出すことがある。
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昔々、ゲーム屋さんでバイトをしていた時期がある。
その日は台風上陸&直撃の予報。
今時は台風直撃暴風雨が予報されると、実際はどうであれ鉄道だって止まるし、スーパーだって早終いする。何なら休業。
しかし、25年ほど前の小売サービス業なんて、開いてなんぼのモンである。
その年の台風何号だったか、これまた特別に強い台風がやってきた。足の速い台風で数時間ほどで抜けて行く予定。
朝は小雨程度だったのに段々と強まる風雨。私の住む地域は台風の被害なんてほぼ無いような所なのだが、今回の台風はいつもと一味違う風の吹き方をしていた。
この日は数店舗ある中の小さめの店舗のシフト。小さい店舗ながらも車通りがそこそこある通りで、コンビニにあるようなアパート2階立て程の高さのある大きいサイズの鉄看板が立っていた。
お店の規模は小さいけれど、大型連休時や人気タイトル発売日にはお客さんは多い。だが、この日は発売タイトルもないタダの雨(しかも台風)の平日なので店には専ら私1人だけ。ああ、ヒマ。
私は台風上陸に備えてお店の前に立ってあるノボリを回収して店の準備室に仕舞う。
隣のそば屋は定休日だったか、台風でやる気を無くしたのか覚えていないが、「本日休業」の札がぶら下がっていた。
時間を追う毎に、益々風雨がキツくなり遂には横殴りになってきた。
ご機嫌なJPOPと、ゲームの試遊台から流れるゲームミュージックが店内に流れる。
早く台風が過ぎてくれなきゃ、原付の私は帰ることも出来ない。そんな事を思っていると、突如店内の電気がバツンと消えた。
空は暗く、店も真っ暗、急に静まり返る空間。
その瞬間に風の音が恐ろしく激しい事に気が付いた。
ふと外を見ると、表のデカい店の看板が揺れていた。
もうギシギシと言わんばかりに。
ちょ。ちょ。ちょ。鉄骨製の柱だぜ。
ここまでの強風、なかなかお目に掛かれないんじゃないだろうか。
空気がぶつかり合うような突風が吹くたびに私は驚きの声を上げた。
それと同時にどこから飛んできたのか分からないバケツが転がり、ビール瓶ケースが店の前の駐車場をマリオカートでバナナを踏んだドンキーコングのように華麗に回転しながら滑って行った。
改めて言うが、この地域でここまでの台風なかなか無い。
開き戸式のガラスドアも風の勢いで激しく揺れ雨が店に吹き込み始めたので、私は慌てて鍵を締めにドアに向かった。
このままじゃ、店に雨が吹き込み下手すりゃガラスのドアが割れそう。
もうこんな時にお客なんて絶対来やしないだろう。
もしそんなお客がいるならば、その勇気と精神力を私自らミュージカルばりに踊り褒め称えたいと思う。
風で暴れるドアと格闘し鍵を掛けた。気付けば吹き込む雨で髪と服はぐっしょりと濡れていた。
カバンからハンドタオルを出し、頭を拭きながら、窓越しに空を見た。
さぞ、さっきの看板も揺れに揺れて………アレ?
看板、根本が浮き上がって曲がってきとるがな。
根本を支える鉄板が少し浮いている。でもそれだけじゃない。曲がった看板の先には電線がある。もし、このまま倒れると断線待ったなしである。下手すりゃ大事故になる。少なくとも、この近隣一帯の電気は止まってしまうだろう。
「えっ。ちょ、ちょ、あぶっ、あぶっ、あぶっ!!」
どうにかしないと!!
私はその一心で慌ててオーナーに電話を掛けた。
心臓がバクバクと脈打ち、耳の下がジワリと熱くなるのが分かる。
何コール目かにカチャッと携帯に繋がる音がした。
「ハイハイ。何や。台風の風すごいな。森(私の旧姓)〜、ちゃんとノボリ仕舞ったかぁ。」
呑気なオーナーの言葉をやや遮りながら、
「オーナー!すぐ来てください!!表の看板が風で倒れそうなんです!!」
そりゃもう悲壮な声で私は訴えた。
だが、信じられない事にオーナーは
「そんな事あるか!!」
と、返す刀で私の訴えを全否定し、そのまま電話を切った。
受話器から響くツーツー音。
私はツーツー音を聞きながら、呆然とした。
私はよく友人から「アンタは嘘か誠か絶妙な話をぶっ込んでくる。そして誠であることに毎度ビビる。」と言われる。
その法則が発動してしまったのだろうか。
ふざけていると思われたのだろうか。念の為に言っておくが、勤務態度は自分で言うのも何だが極めて真面目である。そして小心者である。
兎にも角にも、信じてもらえない事に絶望した。
しかし、信じてもらえようがなかろうが看板が倒れ掛けていることは事実である。
その間にも突風が吹き、看板がギシギシミシリミシリと揺れている。
10分、15分と時は過ぎる。段々と看板の角度が辛辣な角度になってくる。
もう何なら揺れる度に電線に触れ始めている。私は頭を抱えた。
もうたまらん。
私は泣きの一回で、もう一度オーナーに電話を掛けた。
「…すみません、オーナー。やっぱり看板が倒れそうなんですけれど。」
押してもダメなら引いてみな。私はパニクる心を落ち着け、今度は冷静なトーンで言葉を紡いだ。
そんな私にオーナーは極々普通の声で、
「……ええか、森さん。落ち着け。看板が倒れる事はない。」
オーナーはそう言い切った。
違うのに。
しかしながら、普通に考えたらそうであろう。
だが、今は普通ではないのだ。
「いや、曲がり過ぎて突風の度にもう電線に引っかかり始めてます。兎に角、こちらに来て確認、もしくは対処の指示を下さい。」
また冗談と思われないように極めて冷静に話すように心がける。ここまで冷静に話すアタクシ凄いと下唇を噛みながら外の看板を睨みつけながら話した。受話器を握りしめる手が汗ばんでいた。
この近隣一帯の暮らしの安寧は、ここでオーナーに私の話が信じてもらえるかどうかに掛かっている。
責任重大。
そう思うと、もう膝は笑っていた。もうどうしようもなく大爆笑である。
「…分かった。今、近くの銀行だから終わったら店に寄る。」
そう言って電話が切れた。
大きく深呼吸をした。
OK!ヒザ、もう笑わなくてイイヨ。お疲れ。
それから、オーナーが来るまで私は腕を組み仁王立ちの姿で、先ほどまで試遊台から流れていた甲子園の応援でお馴染みの曲、サクラ大戦(ゲーム)のOP曲「檄!帝国華撃団」を、風に耐える看板を眺めながら歌った。
甲子園さながらの応援歌のように。
声高らかに。
そしてオーナーがようやく到着し、風雨の中大きく傾いた看板の前で「なんやー!!」と叫ぶ姿は誰がどう見てもTMレボリューション西川貴教そのものだった。
普通では考えられない状況を前にし、パニくりながら店に飛び込んで来たオーナー。
雨に濡れ仁王立ちの私に開口一番に放った言葉は
「森さん!こういう事はもっと早く言いなさい!!!」
なんか知らんが怒られた。
超絶理不尽。約25年経った今でも解せぬ。