歳をとるということ。大人になるということ。
高い場所から見える夜景が好きだった。
あるいは深夜の高速道路、郊外から見る幾つかのビル群が。
綺麗で、優美で、その瞬間だけは、そこだけが世界の全てて、
そこに何もかもが集まっているような気がして。
歳をとると、その灯りは、
夜遅くまで目をこすりながら働く大人たちの、
オフィスから放たれた灯りであることを知った。
その灯りの1つである住宅の中には、
光と影の両面を持つ一世帯が暮らしていることを知った。
光ある場所には必ず影が生まれる。
光が大きくなればなるほど、影も大きさを増して。
「許そうと思えたんだ。時間はかかったけど、緩やかに許容できてきた。」
友人と彼女が一緒に寝ているときに、彼女のスマホに着信があり、
その相手が男友達だったらしい。
電話越しに彼女と仲良い女友達もいて、
「〇〇(男の名前)が会いたがってるよ。今何してるの。」
というのが第一声だったというのを聞いて、
かける言葉に詰まってしまった。
まだ時刻は昼過ぎ、
地上には強い日差しが照りつけ、
そこに存在する物体を全て視覚情報として浮かび上がらせていた。
コンビニにたどり着くまでの道には、
噴水や歩道に流れる水路が交錯していて、
その静かな音だけが息を乱さず響き続けていた。
友人は彼女と付き合って1年半ほどで、
出会う前の知らない過去も沢山あるという。
男友達がどうとか、過去の恋愛がどうとか、
きっとそういうことも知らない部分の方が多い。
友人「その男友達は初めて知ったし、自分が知らないところで、今もそういう関係が続いてるって考えたら急に嫌になったよ。」
僕「そうだよね。それで結局、彼女には何か言ったの?」
友人「何も言ってない。今までもそれに近いようなことはあって、その時はとことん話し合って言いたいこと言ってたけど、今回は何も。」
しばらく沈黙が続いて、
歩みを進めると巨大なビルの中に埋もれて、
でも、静かに存在感を示すコンビニに到着した。
レモンサワーやビール、
カクテル系の缶を迷いなく次々とカゴに放り込み、
お会計を済ませる。
「許そうと思えたんだ。時間はかかったけど、緩やかに許容できてきた。」
「2300円になります。」
僕が返答を返そうと声を出しかけた瞬間、
店員さんの声が刹那的に通過し、それはなかったことになった。
僕たちは何を考えることもなく淡々と袋に缶を詰め込み、
その場をあとにした。
そしてその話題にはもう触れなかった。
正確には触れる必要がなかった。
全てはあの一言に要約されていたような気がしたから。
まだグラウンドではしゃぎ回っていた
小さい頃耳にしていた、
「大人だから」「子供だから」
という言葉の正体が少しだけ分かった気がした。
歳をとるということ、大人になるということは、
もしかしたら、
”それまで見えていなかったものが見えるようになって、
それを静かに受容できるようになること”
なのかもしれないなと思った。
僕たちは、歳を重ねれば重ねるほど、
見えなかったものが見えるようになっていき、
それによって失うものも増えていく。
同時に、今まで見えていた光には、
それと同じ大きさくらいの影が帯びていた事に気付く。
僕も、小さい頃に見えていたあの世界は、
もう見えないし、戻れないのだと思う。
世界は不可逆性で、一度見えてしまえば、
もう元の見えなかった頃には戻れない。
それは残酷で、切ないもので、
でも美しいものでもあるのかもしれない。
以前、資産数十億の投資家が、
大人になるというのは、矛盾の共存を受け容れるということ。
と語っていた。
「好き」と「嫌い」は共存していたり、
「会いたい」と「会うのが怖い」は共存していたり、
誰しも長所の数だけ短所が存在していたりする。
生きていると、到底受け入れ難い、
辛い現実と直面することがしばしばある。
もし大人になるということが、
「受容できるようになること。」なのだとしたら、
友人はその出来事を機に一歩前に進んだのかもしれない。
僕にも、いつか静かに受容できる日が訪れるのだろうか。
高台へと登り、街の夜景を眺めていると、
ふとあの時の友人の、
「許そうと思えたんだ。時間はかかったけど、緩やかに許容できてきた。」
という言葉とともに、
どこか切なく、諦観的な、
でも前を向いた力強い横顔を想起する時がある。
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