昔を思い出して、配信の権利クリアの仕事について、ちょっと書いてみました。
権利クリアの現状
僕が放送局に勤めていた最後の十数年はテレビとインターネットを繋ぐことに心血を注いでいました。そして、最後の数年はテレビ番組の配信が本格的に始まり、まさに配信にまつわる実務をやっていました。
当時の僕の担務はやや古いテレビ番組の配信の権利クリア等々で、これには結構面倒なことがたくさんありました。
今ではいろいろな法律も整備され、いくつか組織も立ち上がり、ルールも確立し、手順もルーティン化して随分楽になってきたと思います。
所謂「見逃し配信」(このネーミングは大嫌いですけど)では、番組収録前に大体包括的に配信の許諾も得ておきますので、揉めることはあまりないと思うのですが、古い番組の場合は、何しろ「配信」というものがまだ存在しなかったわけですから、配信の許諾が取れているはずがありません。そうなると配信にこぎつけるまでには結構面倒な作業がいっぱいあるんですよね。
古い番組のしんどさ
古い番組の場合は、メタデータはもちろんのこと、まずしっかりとした紙資料さえ残っていないことが多いのです。
だから、
誰が出ているのか
そのタレントの所属する事務所はどこなのか
BGM やテーマ曲に、誰が作詞作曲して誰が演奏・歌唱している何という曲が使われているのか
誰が脚本を書いたのか、誰が演出をしたのか
他社から有償で入手した写真や映像が使われているのかいないのか
使われているとしたらどのシーンで何秒使われていて、その権利者は誰なのか(撮影した人の著作権と、そこに映っている人の著作隣接権や肖像権の両方をクリアする必要がある)
どんな商品を映し込んでいるのか(例えば番組内で触れた書籍の表紙など)
等々、調べないことには何も始まらないわけです。
出演者の権利クリア
だから、まずは映像を見て確認するのが最初の作業です。
出演していたタレントさんが現役で、今も当時と同じ事務所に所属していてくれるととても楽です。特にその事務所に出演タレントの映像を配信した経験があれば非常に話は早いです(逆に一切の配信を認めないような事務所だったらそこで話は終わりますが)。
その事務所が映像コンテンツ権利処理機構(aRma)に委託をしてくれていると、手続きはさらに簡素化します。とは言え事前に申請は必要ですし、面倒くさい計算をした上で配信実績の事後報告も必要ですが、権料配分は aRma への一括支払いで済みますので。
今ではかなり多くの芸能事務所が aRma に権利処理を預けていますが、マネージャーがひとりでやっているような零細事務所だけではなく、かなりの大手であっても aRma に委託していないところもあります。aRma管轄外の事務所とは、配分料率を含めて個別の交渉となります。
タレントさんがすでに引退している場合や消息不明の場合は大変面倒です。業界のいろんな伝手やネット上の情報を頼りに、八方手を尽くして探し出します。もちろん、権利者(あるいはその代理人)が見つからず許諾が取れなければ配信はできません。
Facebook で検索して見つけたこともありました。「ひょっとして◯◯という番組に出演されていた××さんでしょうか? 同番組の配信の許諾をいただきたくて連絡いたしました」みたいなメッセージを送ったら「友達」申請が返ってきて驚いたこともありました(その方とはいまだに「友達」です)。
引退していても配信OK のタレントさんがいる一方で、「もう表に出たくない。静かにしておいてほしい」という方もおられます。そういう場合は諦めるしかありません。
「テレビは一回放送したら終わりだから良かったけれど、配信は映像が残っていて何度でも見られるのがイヤ」とか「ローカル放送だったから OK したけど、全国で(あるいは世界中で)見られる配信はイヤ」などと言う人もいます。
その人の出演シーンが少なく、そこをカットしても番組は大した問題なく成立すると思われる場合は、その部分をカットすることもあります。顔だけぼかしてそのままという手法は、(資料映像的な使い方の場合を除いて)見た目の体裁が悪いのでまずやりません。
芸能事務所の壁
ややこしいのは事務所を移籍している場合。
タレントと事務所の契約がどうなっているかは我々には全く分かりませんので、当時のそのタレントさんの出演番組の配信の権利を今はどこが持っているのか、まずは当時の事務所に尋ねるしかありません。
これは全くケースバイケースで、そのタレントさんが事務所を辞めていようが亡くなっていようが、当時に出演した番組は全てその事務所が権利を持ってハンドリングしているというケースもありますし、「いや、うちはもう管理していませんので」と言われることもあります。その場合は現在の所属事務所に連絡して、引き受けてもらえるかどうか交渉してみるしかありません。
御本人が亡くなっている場合は遺族が OK してくれないというケースもあります。
もっとややこしいのは、当時の所属事務所が倒産するなどして、現在は存在しない場合。
こういうのは法的にどう解釈するのが一番正しいのかよく分かりませんが、とにかくそういう場合もタレントさん御本人か現在の所属事務所に相談してみるしかありません。その方が現役であれば、番組配信は自分の露出増になって宣伝にも繋がるので前向きに取り組んでもらえることが多いですが。
非常に友好的に次の事務所に引き継がれていることもありますが、事務所を辞める時にめちゃくちゃ揉めていたりすると絶望的だったりもします。
音楽の魔窟
あと、大敵は音楽ですね。
さっきも書いたように、配信というものがなかった時代の BGM は当然放送での使用についてしか権利クリアされていません。だから、改めて全ての曲の配信許諾を取る必要があります。
一般の方はあまりお気づきでないでしょうが、ひとつの番組に山ほどの音楽が BGM や効果音として使われているのです。オープニングとエンディングのテーマ曲の権利クリアだけでは済まないのです。
で、上でも書いたように資料が残っていない番組の場合は、自分の耳とスマホのアプリなどを頼りに、そこで使われている曲が何なのかを探らなければなりません。これ、めちゃくちゃ大変な作業です。
(ある年代以降に発表された楽曲であれば、フィンガープリントという技術で機械的に楽曲を割り出す方法もあるのですが、古い楽曲の場合はそもそもそのデータベースに登録されていないのでお手上げです)
そして、曲名が突き止められた場合でも、放送には使えても配信には使えないケースが結構あるんですよね。
「使えない曲」
ここで「使えない」と書いたのには2通りあって、ひとつは権利者が(放送は OK だが)配信での使用を一切認めていないようなケース。もうひとつはお金さえ払えばいくらでも使えるのですが、それがあまりにも高額なので払えないようなケース。
いくら以上なら払えないかはその作品によります。SVOD(所謂サブスクですね) であれ AVOD(広告付き無料配信) であれ、その動画単独でどれくらいの金額が回収できるかを考えるわけです。
何百万回も回るような動画だったら余裕なんですが、人気のない動画になると「権料が 1000円なら払えるけど、1万円となると払えない」みたいな判断にならざるを得ないのです。
(上では楽曲について書いていますが、この状況は他社から有償で調達した写真や映像の場合も同じです。某放送局から映像を借りている場合は訊かずともべらぼうに高いことが分かっていますので、ハナから交渉せずにその映像部分をカットすることを考えます。また、「他系列局の配信には素材を使わせない」みたいなケチなことを言っている局もあります。)
JASRAC や Nextone といった音楽著作権管理会社に委託されている曲であれば、包括的な合意ができているので、配信実績を報告して、決まった料率でそれに見合う配分を支払えばそれで終わりですが、そうではなくて権利者が自分(あるいは自社)で全てを管理している場合はいちいち許諾を取るしかありません。ゲーム・ミュージックとかラジオ体操みたいな類の曲は要注意です。「本来の目的にしか使わせない」みたいなところもありますから。
外国曲の場合はもっと厄介です。
もちろんその外国曲が日本でも発売されていて、それが JASRAC 等に登録されていれば何の問題もないのですが、契約が切れていたりしてそうでない場合は、その外国の会社や外国人のアーティスト/代理人と直接交渉しなければなりません。僕がやっていたケースだったら、その時点で間違いなく使用断念ですね。
使えないと分かったらどうするか
使用断念ったって、じゃあ、どうするのかと言うと、まず思いつくのは音楽を消してしまうこと。
エンディングのテーマ曲の場合は、エンディングごとカットするという手がありますが、BGM は難儀です。何しろ昔の番組の場合は出演者の音声と BGM のトラックを分けていないケースが多く、BGM 消しちゃうと役者さんの台詞やスタジオ・トークも全部消えちゃうんですよね。
ただ、効果音的に使われている場合だと数秒のこともあるので、その場合はその部分をざっくり削除してしまうことも考えます。もちろん、あくまでそれでも違和感なく話が繋がる場合のみですが…。
数秒だったら使用料払って使えよ、と思われるかもしれませんが、実際交渉してみると、「ほんの数秒なのによくもそんな金額を要求するなあ」と思うことも少なくありません。
また、別の理由で音楽がネックになることもあります。内容的な問題で不用意にどこかのパートをカットしてしまうと、BGM が途中でブツッと切れちゃったり、あるいは突然途中から始まるという不体裁になってしまうのです。
内容面の落とし穴
古い番組の場合そんないろいろな問題をクリアしてやっとこさで配信にこぎつけるわけですが、実はもっと気を使うのは内容です。
僕もこの仕事をやってみてびっくりしましたが、今の基準でいうととても放送できないような差別的な言葉遣いが結構出てくるのです。
多いのはホモセクシュアルの人を嗤いものにするシーン。それから、明らかな女性蔑視が見て取れるシーン。
逆に言うと、昔はそれで罷り通ってたんですよね。
当時から番組には考査担当者がついていたはずですが、そういうチェック役の人も何の疑問も問題も感じずにスルーしていたということになります。そして、それを放送した後に視聴者からの抗議電話や苦情のハガキもほとんどなかったということです。
もちろん、今考えたら、その放送でとても嫌な思いをしていた人たちも絶対いたはずです。きっと当時の彼らは誰にも何も言えなかったんでしょうね。そういうことに思いを馳せると、番組の中にそういうシーンを見つけると非常に申し訳ない気持ちになります。
いろんな人たちの努力で、今ではそういうことにしっかり注意しようという共通認識ができましたし、もしうっかりそういうのを放送してしまうと、苦情の電話やメールが殺到し、あるいはソーシャルメディアも炎上したりする時代になりました。
配信は、幸いにして時代がそのように変化してから始まりました。僕らは古い番組の中にそういうシーンを発見すると、それらを悉くカットしてから配信することを心がけるようになりました(その時には音楽やストーリーをどうスムーズに繋げるかに苦心するわけですが)。
このままでも大丈夫か、それともカットすべきか迷ったときには、関係者が集まって討議をしました。
そのまま放送はできないし、かと言ってその部分をカットしてしまうと番組として成立しないという場合は、やむなく配信そのものを断念することになります。
元々は同じ54分だったり30分だったりするのに、何故配信用素材の分数はバラバラなのか
インターネットの配信番組は分数が自由で、Netflix なんかを見ていても第1話は56分、第2話は49分みたいな結構不揃いな形になっていますが、テレビ番組というのは完全に尺(放送分数)が何分何秒ジャストと決まっています。
であれば、配信する場合でも初回から最終回までほとんど分数は同じはずなのに、なんかこの回だけやたら短いな、なんてことがあります。多分それはカットした分数が長かったということなんです。
そして、何故かこの回だけ抜けてるぞ、なんてこともあります。それは著作権上の問題なのか内容的な問題なのかは別として、多分何らかの理由で配信に踏み切れなかったということです。
そんな面倒くさい仕事をしていました。
配信準備作業の現在と将来
でも、それは古い番組の場合であり、現在放送中の番組であれば、冒頭に書いたように、いろんな処理がどんどんやりやすくなっているのも事実です(僕が上でいろいろ書いたことも、すでにもっと簡素化されているかもしれません)。
いつの日か全ての番組が問題なく配信できるようになるのが僕の心からの願いです。それは僕が死んだ後になるのかもしれませんが。