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2011文字、対テキストの前提として押さえるべき評価基準について

2024-9-007

数を数えられる人は、林檎も蜜柑もまだ見ぬものも数えられる状態の下でたまたま林檎を数えた、という形になるわけです。
同様に、利己利他を個々具体とする抽象次元に遡ってる人にとって、利己利他の割合は局面次第(具体化条件次第)と言えます。

同様に、知性倫理美意識を個々具体とする抽象次元として、抽象化具体化の不十分さ解消状態
(個別性が根拠になる局面では同種の他との共通要素を、個別性が根拠にならない局面では同種の他との差異要素を捨象対象にしたこれ)を、

その時点での解決状態(より確からしいものが取って代わる運動性の受容阻害を最小にしてる有限性であり、
修正余地がなく受容に値する状態)としつつそこに持ってく働きという像を持ってる人にとって、

知性と倫理の対立関係のようなイメージは、抽象化不足に相当し、知性倫理美意識が解決状態に至ってない
(林檎を数えられないのに蜜柑はできてるつもり的な勘違い状態に知性や倫理や美意識がある)証拠となります。


ところで、この解決状態は理想現実関係で言うと、限定を受ける前状態な理想が割り引かれる程度を最小にしてる場合の現実
(抽象化具体化交互反復としての歴史性に拡張すると、この現実を点として集めた直線としての歴史)です。

理想を割り引いたものとしての現実という関係を踏まえ、割り引きの過剰部分ではなく、割り引き自体を否定する対現実(この持ち主にはプラトンもヘーゲルも含まれる)は、
過剰否定系の具体化精度不足であり、解決状態の像については先の抽象化不足が言えるので、知性倫理美意識が解決状態に至ってない証拠です。

もちろん、割り引きを過剰部分込みで肯定してるケース(認識場や自国社会や国際社会等について、表層の汚れを拭っただけのものを根拠にする実態主義も含まれる為、
代替不可能な内外事情にしか応じない実存の集積かどうかと関係なく市場や民主制を根拠にする態度も含まれますし、
これらのうち特定の実態主義だけを問題視するのは、林檎を数えられないのに蜜柑できてるつもり的な勘違い知性が意味されます)も同様です。


(カントは倫理面では現実的事情をくまない前者ですが、知性面や美意識面では、認識場の個別性が代替不可能な内外事情にしか応じない実存の産物かどうか、
言い換えるなら、自己が存在するのと引き換えでない要素まで自己存在に帰属させてる状態での個別性を認識に反映させてないかどうか、
という問題を人の共通性を根拠にする個別性捨象によって無化した上での物自体把握の放棄である点から後者と見なせます。

ちなみに、明晰と曖昧の割合は、硬軟を両極とするスペクトラム上の点選抜の一種であり、局面事情次第ですが、
この理解は、分析哲学とポストモダンの二択はもちろん、個別性捨象とそこから零れ落ちるものの内実不問な保障から成る二択的発想を脱するのに必要です。)


働きを上限化させてない知性倫理美意識の産物を、対象への過剰否定部分や過剰肯定部分まで真に受けるなどして、内面化しないよう(したがって、対テキストの前提ともすべく)、
対象(自己込み)が持ってる理想現実関係と先の解決状態な理想現実関係とのズレ具合
(限定を受ける事態に対する反応における安易な部分)について評価する評価基準を優先的に押さえましょう。


例えば、代替不可能な内外事情にしか応じない実存をもって存在性や無限者に対峙してるしてないを区別しない内容の教育的行為は、
帰属操作の意味での奪う生き方と帰属修正の意味での奪わない生き方を区別できなくなる方向に誘導してる形なのに、被教育者の為になるという見かけをしてる

(実際、芸術やスポーツに親しむ事には精神や肉体の健康を維持、促進する側面があり、利益が目的でない信仰推奨もある)わけで、
見かけに引きずられ、奪ったり奪われたりしてる事実(負わされるに値しないものを負わせたり負わされたりしてる事実)への感度を下げない為にもその評価基準は必要です。



例えば、痛みは個体の存在課題(置かれてる場に自身を通用させ続けるという課題)に関わる為、個体に帰属するという情報が内包されてないと用をなさない一方で、
失われた腕についての痛み(問題が発生してるとの情報)を覚えるといった話もあるわけです。

同様に、不自由感は自身に帰属してるべきものがしてない事態に関する情報なので、
自己が存在するのと引き換えでない要素まで自己存在に帰属させてる状態での自身に帰属してるべきもの像が前提となる事によって、その感覚が疑似問題である可能性もあり得ます。

代替不可能な内外事情にしか応じない実存(できるできない等の有限性形態に修正余地なさ、
ひいては、受容に値する条件を持たせてる状態)を生きる事には疑似問題を減らす効果もあると捉えましょう
(実際、局面事情に即した割り振りへの支持の意味でのフェアを越えてまで自分を助けない態度をもって捨象可能な問題もあります)。

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欧米文系からの解放哲学。代替不可能な内外事情にしか応じない実存を解決状態として扱う主義。
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