組織というディストピアー「ボラード病」読後
医師に「こんな職場に病気から復帰するなんて意見書を、書くんですか!?」と困惑された診察から帰宅し、何気無く手に取って読んだ本が吉村萬壱の「ボラード病」だったのは、出会うべきものが、出会うべき時と場所と気分を察してジャストタイミングで鉢合わせた、としか言いようのない調和だ。
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私は秋から仕事を休職している。原因は、仕事のストレスによる心身の不調だ。私の勤め先は、日本のとある業界の中の、超大手グループの地方支社、といったところだ。この業界、このグループ系列に勤める者は、(余程のことがない限り)家族の生活を丸々一生担いでいくには困らないぐらいの収入を約束され、社会的にも高い信頼度を得られる。世間一般からは「安定していて、男女問わず長く勤められる好条件の仕事、そこにお勤めの人はきちんとした人」という印象で見られている。
それでも時々現状に飽きて転職を検討することもあったが、今の勤め先より好待遇・好条件の仕事を見つけることは難しいし、今の仕事を辞めてまでやりたいと強く思えるようなことにも出会えていなかった。簡単に辞めるには勿体無い仕事だ。
それならばここで、自分なりに頑張ろう。そして頑張った結果、昇進から1年半で色々あって、うつ状態の診断が下りた。そして3ヶ月の休んだ結果、退職を決めた。
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働いているときは日々の疲れで読書からも随分遠ざかっていたのだが、休職して少し体調が上向いてくるとともに、また本を読む楽しみを再開することができた。「気になる本を数冊買っておいて、気が向いた時に読もう」とストックしてあった本のうちの一冊が吉村萬壱の「ボラード病」で、今日、なんの気になしに気が向いたので開いてみたら、あれよあれよとものの1、2時間で最後まで読み終えてしまった。
「ボラード病」は、主人公の小学生・恭子の、とある町での彼女の生活が舞台だ。神経質で気難しい母と、学校で貰ってきたウサギとの2人と一匹の借家暮らし。学校での、先生やクラスメイトとの他愛もないやりとり。日記を密かな趣味とする恭子が、彼女の目で今日はこんなことがあって、あの子がこんなことを言って、とその時あったことを淡々と綴って描かれる彼女の生活は、どこにでもある地方の小さな町のありきたりな子ども時代のようで、決してそうではない。彼女の周りは、きっと何かがおかしい。きっと。でも、おかしいことが、おかしいこととして描かれていない。大変な事件が起こっているのかもしれない、でも、起こっているように描かれていない。
きっと何かがおかしいのに、これがおかしい!と指差して示したり、叫んで知らせたりするような劇的な何かが、ない。いや、おかしいはずなのだけれど、おかしいと敢えて気づいてはいけないようなことが、恭子の生活にはある。でも、具体的に何があるとは言えない、ただ、どこか薄気味悪いものの気配だけは感じる。何となくこの頃頭が重いような気がするけれど、頭痛がするわけではない。胃が満腹でも空腹でもなくモヤモヤしているんだけれど、胃痛や吐き気がするわけでもない。健やか晴れやかではないんだけれども、だからといって困るような状態ではない、といった具合の妙な不快感が、終始この小説には流れている。
そして彼女は、彼女の暮らすB県海塚市の人々と自らとの間に、ある病を発見する。
海塚の町での暮らしに潜む病的さに、読者は気味の悪さを覚える。しかし海塚の町の子供の一人である恭子には、日々の些細な出来事への違和感はあっても、それが海塚の町の人々、という集団が発生させている特異な状態だとは認識し得ない。
そんな「ボラード病」で描かれる居心地の悪い世界は、病の性質は違うけれど、まるで会社という組織にすっかりふさぎこんでしまった私自身のことをひしひしと痛ませた。
外から見る私の仕事と、内から見る私の仕事は、全然違う。
私が休職に至るまでに、職場の外側にいる友人たちは、私をいつも労ってくれて、今の状況は職場が悪いときっぱり言ってくれた。その頃私は結婚の話が出ており、当面の生活に困らない状況を作り出そうと思えば作り出せたという事情もあったのだが、しかしたとえ結婚したとしても、辞めるには惜しいほど勤務条件は良いし、共働きも可能な会社だ。転職をすれば、収入や待遇は確実に落ちる。それでも、「なめろうのその状況はおかしいから、辞めてもいいんじゃないか」というのが大半の外側の人たちの意見だった。
私に休職の診断を下した心療内科医も、「何とひどい職場なの!?」と私以上に憤っていた。そして今日も、職場復帰に必要な意見書をお願いするため受診したのだが、復帰に関しての私と人事とのやりとりを聞いているうち「そんなひどい職場に復帰する必要、あります!?」とまた憤ってくれた。
けれど、外側の人たちが「おかしい」「ひどい」と言ってくれることは、組織の内側ではよくあることだった。当たり前に起こることだった。この組織では当然のことなので、組織のやり方に自分が合わせるしか、耐える方法はなかった。
それが私はできなかった。
合わせられない私の方が、この組織の中では病気だったのかもしれないとすら思えてくる。実際、病気になったし。そこに、海塚市で病気の存在に気づいた恭子のことが、私の脳裏にふとよぎった。
一方で内側にいるときの私からすれば、退職なんてありえなかった。
世間一般からも評判が良く、辞めるには惜しいこの仕事を捨てる理由はないと思っていた。まだまだ終身雇用文化が根強い組織だったので、ここは定年までずっといる場所という認識でみんな働いていたから、私も当然そうなるのだろうという気持ちでいた。厄災を経て、海塚市に帰ってきて根を下ろしたと宣言する人々みたいに。
休職当初は、組織の状況を考えれば最速で復帰しなければという強い意思があった。自分を思い遣ることよりも、組織の内側のことを思い遣る思考が優先になっていたからだ。復興に成功した町として、「海塚の海産物は安全」「安全基準達成」といったシールや賛美の言葉が町中にベタベタと貼られている海塚のような、対外的なイメージは良い組織。皆が結束して温かく暮らす街を謳っていながらおかしなことが起こる海塚のように、組織の内側の人間一人一人は悪人でもなんでもない平凡で温厚な人々なのに、保身のため、現状の安定を揺るがす面倒事を避けるため、表に出せない物事ため、色々なことに気づいても気にしないように注意して、組織の空気をよく読み込むことが生存戦略となる場所。
元上司だった方からは「なぜ頑張っていた貴女が辞めないといけないのか、撤回の意思があるなら私から言う」と電話もいただいた。長らくこの組織で働き、不条理と戦い、それでも職場を愛してきた人たちには、ここが私にとって辞めてしまいたいほどの場所だという説明をすることの方が酷に思えた。
結婚相手は同じ職場の人で、内側の人であるはずだった。しかし彼すらも「俺は同じ職場であろうがなかろうが関係なく、一人のパートナーとして退職には賛成する。」と言った。
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「ボラード病」の文庫本の裏には、この小説はディストピア小説だという説明があった。私は海塚市という架空の町の一人の少女の日記語りを通じ、自分の周りにある大組織というディストピアに近い場所を再認識した。私たちは知らず知らずのうちに、ある特定の所属するコミュニティ、集団によって、考え方や生き方を制限されている。社会生活をしている以上、国・仕事・居住地域といった様々な大きさや種類の集団と関わりながら生きている私たちは、この制限から逃れることはできない。
もし、この制限の内側で違和感を覚えてしまったとき、病んでしまったとき、私たちはどうすればいいのだろうか。そこは逃れられないディストピアなのか?それとも、自分が「ここにしか居場所はない」と思い込んでいる、いわば自分の観念が作り出したセルフディストピアというだけで、ほかに自由になる余地はないのか?
「ボラード病」の海塚市に比べたら、大組織の仕事なんて逃げ出せるディストピアもどきだ。
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