恋愛ドラマや少女漫画をファンタジーと侮ること勿れ。これすなわち教材である。
そんな大袈裟な、と言われても私にとってはバイブルであった。
まだ見ぬ恋に憧れて、ちゃおやりぼん、なかよしなどいくつの少女漫画雑誌を買ったことだろう。
中高生になると恋愛ドラマも見るようになり、大人とはこういうものなのか?と、見てはいけないものを見るような、不思議な、なんともこそばゆい感情になったのであった。
彼氏ができたばかりの頃は、あれもこれも私がフィクションで見た世界そのものを私が体験するなんて…!といたくその甘ったるさに感動したものである。
まぁ、お相手にもよるかもしれないね。叶えてくれるか照れるか。
ベタだけど、世の中の恋愛あるあると、その願望が詰まっているのも間違いない。
男性の恋愛と女性の恋愛への願望ってやや違うんだなぁと、少年漫画も少女漫画も読む現在は思う。
願望は男女の脳の違いによる、と幾多の本で読んだっけ。
漫画はキラッキラで、理想100の世界に入り込んで自由に恋できる。
一方、ドラマや映画は生身の俳優さんたちが演じる。
それがゆえに温度感とか触れ合いとかが生々しく、でもたしかにその世界はそこに存在すると教えてくれるのだった。
空想していた頃、あれは現実ではなかったけれど、恋愛を経験した今、あの日のピュアさは少し消えて。
フィクションの世界で行われるそれらを目にすると、温もりをかつての経験に重ねてそれはそれでドキドキしてしまうのだった。
だからこんなに嬉しいのね、だとか、こんなに痛いのね、ということを経験を伝って学ぶ。
なんだか、あの歌を思い出した。菅田将暉の。
はじめてのキスを繰り返したいとかさ、初さと色気の相まった歌詞がいいよなぁ。
そういうのを感じられる心も、見聞きした様々な材料と経験で作られるんだろうね。
たくさんフィクションに触れるほど、あなたなりの好き嫌いも学べるだろう。憧れも増えるだろう。
ただし、フィクションに憧れを募らせすぎて、現実のあなたの周りにいる素敵な人を見落とさないこと。フィクションだって、脇役や友人だと思っていた人が実は思いを寄せてくれたり、最高のパートナーとなる例もあるじゃあないですか。
要は、経験することによって100ピュアだった純真無垢で何も知らない頃の幻想は多少崩れるのは諦めて受け入れて欲しい。
それでも、現実がフィクションを越えて素敵な思い出をあなたにもたらしてくれることもある。
だから、安心してフィクションも現実も好きでいてください。愛してください。