SF小説『一億年のテレスコープ』感想
私は大学院に進学するとき、大袈裟かもしれないが、宇宙に進出するような気分だった。自分のまだ知らないことを知りたい、その一心で哲学という未知の世界の門を叩いた。そこで色々迷うことも多かったが、あの時の好奇心に嘘はなく、今も後悔はしていない。
その時のことを思い出させてくれて、なおかつ、自分の背中を押してくれるような本と出会った。
ただし比喩としての宇宙ではなく、マジの宇宙についての本だ。
その本は、春暮康一『一億年のテレスコープ』(2024年)である。結論からいうと素晴らしい本で、ぶっちゃけ私は少し泣いた。
あらすじは以下の通り。
子どもの頃、主人公の望は、自分の名前の由来について「遠くを見ること」だと父親から(なんとなく)伝えられる。その後、彼は父親と天文台に行くことになる。
その際に彼が覗いた望遠鏡が、彼の人生を、そして宇宙の未来を一変させることになったのだ。
この時の感動から、望は天文学にのめり込むことになる。どこまでも遠くを見たい、さらに遠くを見たい──その一心で、電波望遠鏡の研究に勤しむ。
というわけで、本書は滑り出しこそジュブナイルなのだが、その後は超本格ハードSFの様相を呈することになる。私は全くといっていいほど理数系の素養がないので、この手の本格SF(イーガン等)を読むときは頭を抱えることになる。私は物理学やら生物学の知識を全く持たないし、ぶっちゃけ、肝心の電波望遠鏡(VLBI)についてもなんとなくしか分からない。
でも大丈夫だ。主人公の望も、割と曖昧な知識で頑張っている(笑)
というのも、本書はとんでもないスケールで技術革新が起こる。まず割と序盤で、精神アップロードという、早い話が自分の意識を量子チップ(?)に取り込んで不老不死の状態にする技術が誕生する。そのため望自身も割と技術革新ついていけず、大抵は優秀な周りの友人たち(新や縁)が色々解説してくれる。それを、なんとなくこういうことかな?と思って読んでいけばよい。
望は、知識の多寡よりも、知らないことを知りたい、とにかく遠くを見たいという好奇心を持っている、というこの一点で彼らのリーダーとなっているのだ。だから、彼の好奇心についていけばよい。
そして、ファーストコンタクトSFと銘打っているのだから、異星人との交流がある。
本書には魅力的な異星人がたくさん出てくるが、特徴的なのは、下手したら地球人側が侵略者になる状況である。ファーストコンタクトものといえば、異星人が地球にやってくるパターンが多いかと思うが、本書は序盤から太陽系を抜け出し、異星人の住む星にコンタクトを取りに行くのだ。
とはいえ、緊張感のある瞬間や考えさせられる部分はありつつも、『三体』のように殺伐とした感じにはならない。本書には基本いいやつばかり出てくる。
むしろ重要なのは、好奇心の話だ。とにかく未知との遭遇にワクワクしてほしい。
そして、あなた自身の好奇心を言祝ごう。
これ以上はネタバレになってしまうので、興味があれば是非読んでほしい。タイトル「一億年のテレスコープ」が回収される部分や、第6部以降なんかは本当によかった。特に私は学者なので、めちゃくちゃエンカレッジされた。ラストでちょっと泣いた。
オススメ度は☆4。本当は5にしたいけど、私自身、423頁を読むのに、スピード上げて読んで二日(7〜8時間?)かかってしまった。ハードSF慣れしていないのと、途中の異星人とのコンタクトは楽しいものの、ひとつひとつの出会いに長編一本書けそうなアイディアが詰め込まれるので、ついていくのが大変なのだ。イーガンや小松左京を読んだことがあってもこんな感じだ。なので、ちょっと難しいかもしれない。
だけど、何を言っているのか分からない部分は「なんとなく」で読み進めてよいと思う。私はそれでも感動できたから。もちろんSF好きな方なら☆5だ。
── 遠くへ、遠くへ、と願い続けた主人公がどこへ到達するのか。本書はそれを途方もないスケールで描いている。是非見届けていただきたい。