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彼女の宇宙

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私は宇宙になってしまった、 / 彼女は宇宙になってしまった。
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#小説

彼女の宇宙 その1

彼女の宇宙 その1

 土星の輪っかで指先を切ってしまって、それも自分で思っていたより盛大に、その肉片からアンドロメダ銀河が見え隠れしていたので、しまった時空が、とかなんとか思って慌ててくっつけたんだけど、私はお医者さんではないし物理学の偉い学者さんでもないから、傷口は揺らぎっぱなしで境界はあいまいだった、
 さよなら、アンドロメダ銀河、
 さよなら、土星、さよなら太陽系。
 さよなら、よりもまたあした、あしたはあさっ

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彼女の宇宙 その2

彼女の宇宙 その2

 アマノは宇宙になってしまった。
 僕は何度もアマノのことを考えようとしたけれど、頭の中のアマノはどんどん大きくなっていって簡単に僕の容量を超えてしまう。もともととりとめのない、つかみどころのない性格だったが、ついに誰かの中に収まるような存在でなくなってしまったらしい。膨れ上がった考えをガス抜きするようにして、僕は眠りにつく。

 アマノと僕はそれほど親しい間柄ではなかった。高校に入って三ヶ月は、

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彼女の宇宙 その3

彼女の宇宙 その3

 どこまで行っても似たような景色が続いてる、まっくらになって、ちょこちょこ星が集まってて、またまっくらになって、ここ、どこだろ、ってぼんやりつぶやいたら、地球からおとめ座銀河団の方角にまっすぐとんでもない距離移動してきたところだよって、私の中の宇宙が検索して答えてくれた、ねえ、あなたって、だれ? 宇宙? 宇宙って、だれなの? 私?

 私が宇宙になるってことが大々的に発表されたとき、偉い科学者のひ

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彼女の宇宙 その4

彼女の宇宙 その4

「じいちゃん、夜、自転車貸して」
 ひぐらしの声をBGMにして西瓜にかぶりつきながら、裏口に向かって叫ぶ。「おお、もってけー」というのんびりした声が返り、ややあって、洗濯物を抱えた祖父が姿を現した。
「花火か?」
「違うよ、星。山、行ってくる」
 違うとは言ったけれど、花火みたいなものかもしれない。雑誌に載っていた写真を思い出す。一点を中心にして放射線状に広がる、光の軌跡。
「あー、星かあ。今日は

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彼女の宇宙 その5

彼女の宇宙 その5

 白い星、赤い星、青い星、おたがいに回り続ける双子の星、それは連星っていうんだって、ピンク色のガスのかたまり、青緑色のガスのかたまり、まっくろなガスのかたまり、暗黒星雲っていう、銀河の真ん中から縦にガスがふき出しているのとか、銀河と銀河がぶつかっているのとか、そういったものをたくさん見た、たくさんの星たちが通りすぎていった、それとも私が通りすぎていったのか、宇宙になった私はどこへ向かっていんだろう

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彼女の宇宙 その6

彼女の宇宙 その6

 夏休みが終わった。
 始業式と防災訓練のあと、だるい体を引きずるようにして部室に向かう。暖房がかかっているのではないかとすら思える、一夏分の熱気を追い出すために窓を開ける。濃い青い空にすじ状の薄雲がかかっていて、気温はまだ高いのに、空ばかり秋色だった。蝉の声もいつからか聞いていない。
 雑誌でペルセウス座流星群の写真をチェックした後、OBの先輩が残していった、相対性理論について書かれた本をぺらぺ

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彼女の宇宙 その7

彼女の宇宙 その7

 向かう先に白い輪っかが見えてきて、少しずつ広がっていく、ところどころきらきらと輝く、宝石がちりばめられた指輪みたい、輪っかのなかは真っ暗でまん丸い穴が空いたよう、知らない銀河系に入ったはずなのに、誰かが穴の両端をつかんで、ぐいぐい押し広げていく、知らない天の川の底で光る砂も、かきよせられてとぎれてしまった、
 ブラックホールの重力圏、と隣の席の彼が言う、空間がゆがんで光すら曲げられてしまう、重力

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彼女の宇宙 病室にて

 少女は夜道を歩いていた。雪が降っている。だんだん勢いを増し、道は埋もれ、視界が白く染まる。平らに均され、陰影が失われて上下左右の区別すらつかない。
 しばらくして、平面にうっすら三本の線が浮き出した。一点に収束して部屋の角になる。そこから板を敷き詰めた天井が、青い影の落ちた壁が、朝の光を透かすガラス窓が現れる。続いてアルミのカーテンレール、垂れ下がるカーテンのひだ、吊るされた点滴の袋、落ちる雫、

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