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【書評】『マイパブリックとグランドレベル』能動性を引き出す場を

欲しいモノがない」と嘆く世代が出てきている。
それに抗うように、モノを欲しがってもらうためのあらゆる情報が押し寄せてくる。でももう限界だと思う。わたしたちは、モノに飽きているのではない、受動機会に飽きているからだ。

『マイパブリックとグランドレベル』(昌文社)という本の中で、著書の田中元子さんはこう述べています。

「受動機会」、そして「能動機会」とはどういうことなのか?
この本は、帯の紹介文に「まちづくり実践テキスト」とありますが、もっと広く、深く「人の生き方と社会との関わり」について考えさせてくれる本でした。

10月4日、高松市の個性派書店「本屋ルヌガンガ」で田中元子さんを招いたトークイベントが開かれたので直接、話を聞いてきました。
田中さんの取り組みの紹介とともに、印象に残ったことをまとめます。

<目次>
 ・転機となった”都会のキャンプ”
 ・パーソナル屋台…”ふるまい”と主導権
 ・あまねく人が集う場 喫茶ランドリー
 ・高知、高松の事例から~能動性のうつわ
 ・補助線のデザイン

転機となった”都会のキャンプ”

田中元子さんは、1975年茨城県生まれ。建築コミュニケーター・ライターとしてメディアやプロジェクトづくりで活躍。2016年、建物の1階の企画・運営・デザインを行う株式会社「グランドレベル」を設立しました。

転機となったのが、2014年、「東京・神田にある4000㎡の遊休地を使ったプロジェクト」です。田中さんは、自然の中ではなく、都会のど真ん中にテントを張って2泊3日過ごすという「アーバンキャンプ」を企画。約300人が参加し、普段とは違った視点からの街を満喫しました。

ただ、「本当に楽しんでもらえるか」不安だった田中さん。ヨガやワークショップなど、さまざまな催しを詰め込んだところ、参加率は悪く、企画・運営側の押し付けだったことに気づいたそう。特別なイベントなどなくても、参加者は思い思いの楽しみ方で都会のキャンプを楽しんでいて、自分たちがやるべきなのは、「参加者の能動性を発露させるきっかけをつくることだ」と考えを改めました。

パーソナル屋台…”ふるまい”と主導権

そして話は、田中さんの一風変わった(?)「趣味」について。
事務所移転を機に、デッドスペースにバーカウンターを手作りし、知人友人を招いて酒をふるまうようになった田中さん。ご自身は飲めないそうですが、何万円もつぎ込んでタダ酒をふるまい、コミュニケーションをとる、という行為で「自分が一番楽しんでいる!」と気づいたそうです。

さらには、ビル4階にある事務所まで知人を招くだけでは飽き足らず、「パーソナル屋台」を作って街に繰り出し、無料で珈琲をふるまうようにまでなりました。
それまで、釣り好きの人がルアーに何万円もつぎ込むのが理解できなかったそうですが、これこそが「趣味だ!」と感じたのです。

理屈抜きに、自分を幸せだ、楽しいと感じさせるためにする、能動的な行い、これを総じて、趣味と呼ぶのではないだろうか。
(『マイパブリックとグランドレベル』)

「ふるまい人」は田中さんだけではありません。
本でも紹介されている、千代田区の高齢女性は、玄関先に大きな業務用の灰皿を置いて、サラリーマンたちの一服の場所になっていました。

かつて、植え込みにタバコのポイ捨てがたくさんされていたのがきっかけですが、「ポイ捨て禁止!」の看板を立てるのではなく、灰皿を置くことで、もちろんみんな灰皿にタバコを捨てるようになり、女性はサラリーマンとの会話も楽しんでいるとのこと。このエピソードはとても印象に残りました。
「ふるまいとは、生きる上での主導権をうまく握れる手段」だと田中さんは語ります。

あまねく人が集う場…喫茶ランドリー

田中さんが今年1月、東京・墨田区千歳にオープンさせた「喫茶ランドリー」。築55年のビル1階の活用法をオーナーから相談され、洗濯機と家事室を備えた喫茶店としてリノベーションしました。
めざしたのは、「あまねく人々にとって自由な、くつろぎのある場所」。
東京では、例えば「30代女性のためのスイーツ店」、のように、店舗がお客さんのターゲットを絞る傾向にあるそうですが、それにはすごく違和感があったそうです。
「人は性別や年代によってくくられるものではないし、日によってコンディションも違う。30代女性だって、おっさんみたいな瞬間があったり、子どもみたいなときもある」。

店の一角には田中さんの事務所もあり、コワーキングスペースのような利用イメージがあったそうですが、当初、想定していなかった使われ方に…。
プレオープン時、「ここ使わせてもらっていいかしら?」と言ってきた近くのお母さんたち。10人ほどが集まって始めたのはパン作り。


他にも、DJイベントや歌声喫茶、勉強会など、オープン半年間でなんと100以上のイベントが催されました。また、毎週決まった時間にミシンを持ち込んで手芸を楽しむおばあさんたちもいたりと、まさに利用者が「能動性」を発揮する場となりました。

高知、高松の事例から~能動性のうつわ

トークイベントでは、高知県土佐町のNPO法人「SOMA」の代表理事、瀬戸昌宣さんも、人口4000人の町で行っている「場づくり」の事例を報告しました。

米国・コーネル大学で「農業昆虫学」の研究をしていた瀬戸さんは、縁もゆかりもなかった土佐町に移住。最初に感じたのは、「この町には必要なものしかなく、余白・余裕がない」ということだったそうです。
町職員を経て、教育NPOを立ち上げた瀬戸さんは、地域の子どもから高齢者までが集える、コワーキング・コスタディスペース「町の学舎 あこ」を作りました。

「あこ」で広がっている景色は、まさに田中さんの喫茶ランドリーと同じ。
NPOのスタッフが打ち合わせをしている横で、中高生が宿題をしていたり、町の外国語指導助手(ALT)の方がよく来る時間に集まってきて、勝手に英会話教室が始まったり。

ふらっと「あこ」を訪れた教育長をお母さんたちが取り囲んで、保育問題を直談判する場面も…。
いろいろ不満があっても役場の教育長室まで押しかけることはないだろうし、教育長も、庁舎ではどうしてもポジショントークしかできないだろうから、「あこ」という場所が生み出した場面だと言えます。

また、このイベントが開かれた高松市の「本屋ルヌガンガ」の店主、中村勇亮さんもトークに参加。
名古屋の大型書店で勤務していた中村さんが去年8月に故郷でオープンさせた「ルヌガンガ」は、ベストセラーや雑誌といった既存の書店とは一線を画し、店主の目利きで本を選んでいて、多彩なイベントが行われているのも特徴です。

今や週に2回以上行われているこのイベント。
実は、中村さんが自分で企画するものはほとんどなく、お客さんたちが「ここでやらせてほしい!」と持ち込んでくるそうなんです。
中村さんは「NOとは言わない主義」で、「店のブランディング的にこれは…」などと言うことはなく、イベントを受け入れているとのこと。
まさに、田中さんの言う「能動性のうつわ」としての場になっているようです。

補助線のデザイン

最後にもうひとつ印象的だったのが、喫茶ランドリーで利用者の「能動性」を引き出す田中さんの手法です。「こういうことをやってみたい」と話す利用者がいたら、「いいよ」と許可するだけでなく「で、いつやる?」と、その場で日程まで決めてしまうそうなんです。
禁止じゃなく自由、そして、許可じゃなくむしろ「応援」!

真っ白なキャンバスがいざ与えられたところでいざ与えられたところで、その自由を喜んで楽しめるひとなんて、実は、そんなにいないのかもしれない。
(中略)うっすらとした下絵や補助線一本で、戸惑わせるだけの「解放」から、ひとがいきいきと躍動する「自由」に進化するのだ。「そこから先は自由」の「そこ」を見極めることが、人々の能動性を喚起するための設計だと思う。
(『マイパブリックとグランドレベル』)

自分の仕事であるニュース報道に置き換えると、後輩たちに「取材したいものを何でもいいから特集やリポートに…」と言っても、なかなかネタ提案があがってこない、ということが多々あります。
「自由に」と伝えることが、イコール「能動性」を引き出すことではなく、田中さんの言う「うっすらとした下絵や補助線」をデザインすること。
行き過ぎると「やらされ仕事」になってしまうので加減が難しいですが、意識していきたいと思います。

※Twitterでも、ノンフィクションを中心に本の感想やコンテンツ論、プロ論をつぶやいています。よければフォローお願いします!

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