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休日4
Voice1月号を読むため、図書館へ。渡邉大輔の「令和の人文アニメ批評」に『葬送のフリーレン』が取り上げられ、東浩紀の『訂正可能性の哲学』と絡めて書かれているらしい。どちらも好きな作品。これは読むしかない。
エルフと人間の時間感覚の差がもたらす主観の違いが、暗黒竜の角をめぐるヒンメルとのやり取りによってあらわになり、フリーレンに訂正がもたらされた、という記述。この辺りはまさに期待通りの内容。
むしろ新海誠の「すずめの戸締まり」に触れて、終わる(閉じる)ことを主題にした作品という類似点から、フリーレンとつなげて論じた部分が予想外で面白かった。昭和の熱い社会を前提としたそれとは異なる、これぞ令和の社会に即した想像力。連載のタイトルが「令和の人文アニメ批評」だったことを、今更ながら思い出す。
終わること、始まること、そして続くこと。この3つについて深く考えさせられる、3つ、いや、この批評じたいを入れると4つの、作品である。