About the movement of the earth —— あるいはそのエピローグとして
前回の続きです。
I died for Beauty — but was scarce
Adjusted in the Tomb
When One who died for Truth, was lain
In an adjoining Room —
He questioned softly “Why I failed ” ?
“For Beauty” , I replied —
“And I — for Truth — Themself are One —
We Brethren , are ” , He said —
And so, as Kinsmen, met a Night —
We talked between the Rooms —
Until the Moss had reached our lips —
And covered up — our names —
私は美のために死んだ
ところが墓に落ちつくやいなや
すぐ隣の部屋に
真実のために死んだ人が横たえられた
「どうして私は落ちてきたんだろう」彼はそっと問いかけた
「美のために」と、私は答えた
「なるほど、では ——
私は真実のために ——
二つは一つ ——
兄弟だよ、私たちは」
ある日の夜 ——
私たちは同胞として出会い、
部屋の間で語り合った
やがて苔が唇まで達し ——
私たちの名を ——
おおいつくすまで ——
さて、前回は『チ。』の人々の「何かのために」命をかける生き様が、
僕をディキンソンの翻訳へと向かわせたのだとお話ししました。
では、なぜ数あるディキンソンの詩の中から、
今回はこの「I died for Beauty」なのでしょうか。
その問いもまた、『チ。』の物語へと繋がります。
人を感動させ、心を奪う「Beauty」.
自分の信じるものがどうかそれであってくれと願う「Truth」.
人はこれらの周りを星のように廻りながら、
questionすなわち疑うことと、
replied すなわちそれに答えることを繰り返す。
ディキンソンの詩の宇宙から、
言葉を拾い上げてよんでいるうちに、
僕の頭の中の宇宙でもいつしか、
読み終えたばかりの『チ。』の物語の断片が、
もう一度輝きを放ち、
星座のように像を結んだのです。
死後の世界で、美と真実が語り合あう。
詩を2連まで読むと、
「美」の意識が死んでからもまだ残っていて、
部屋越しに「真実」の問いに答えてあげたりする。
どことなくユーモラスな雰囲気が漂っていますね。
ここでまた『チ。』の物語を思い出してみると、
たとえば地動説が弾圧されるたりするのは、
論理的な必然性というよりも、
時の権力者の裁量によるところもある。
つまり、何が正しいかも時代によって変わってしまうという側面が描かれていました。
もしかすると、
それこそが「地球が回っている」ということの意味だったのかもしれない。
そう考えると、
真実の問いかけた “Why I failed ” ? を、
なんとなく「失敗」と訳したくはないような気がして、
「落ちる」と訳しました。
落第や挫折。
個人の生においても、それらの経験が人生の全体にとって必ずしも悪や失敗とは言えないように。
落ちた先が絶望かどうかは、行ってみなければ分からない。
自分しだいじゃないのか。
そういう希望を込めました。
さて、
さっき僕はディキンソンのこの詩がユーモラスだと言いました。
何がおかしいかって、
「美」の人と「真実」の人、
どっちも、死んでるのに喋ってることです。
このユーモアこそ、真実の宿った細部ではないでしょうか。
つまりディキンソンは、美と真実の尽きることない対話、平和的な会話、それは理想だけど、まあそういうことが実現するのはせいぜい本人たちが死んでからの話だよね。生きているうちは色々限界がある。と、そういうことが言いたかったんじゃないかという気がするのです。
死んでしまえば、
敵対しあう人たちの言論、反論はそれ以上続かなくなる。
やがて誰が言ったかさえ忘れられる。
ディキンソンはそのことを、
苔が死者の唇を覆い、
墓碑に刻まれた個人の名前を隠す、
という言葉で表現しています。
それはむしろそうなってこそ、美と真がほんとうに一つになれる時が来るのだ、と言っているようでもあります。
『チ。』は生きている世界を描いたマンガで、
「I died for Beauty」は死後の世界を書いた詩であるとするならば、
やはりこの二つは兄弟なのでしょう。
一番可笑しく、
そして怖いのはじつは、
詩の中で兄弟として語り合った「美」と「真実」の二人が、
生きている世界ではまさにお互いに殺し合った相手かもしれない、
ということです。
『THE COMPLETE POEMS OF EMILY DICKINSON』
THOMAS H . JOHNSON, EDITOR